冬
幼馴染みの
本当に死んだらしいが、私にはその事実が馴染んでいない。ふわふわと宙に浮かんでいて、捕まえることができない。そんな感じだ。
いつも一緒にいて、昨日も普通に会話をいていた。だから信じられなかったし、冬紀のいない未来なんて考えられない。ずっと一緒にいるものだと思っていた。
死因は溺死だった。子供を助けるため、真冬の冷たい川に飛び込んだらしい。
人を助けるために自分が溺れて死ぬなんて、本末転倒じゃん。そう思わずにはいられなかった。
でも、冬紀ならきっと言うはずだ。
「体が勝手に動いちゃったんだから、仕方ないだろう」
そう、笑顔で言うに決まっている。
そんな冬紀の顔が鮮明に浮かんでくる。
――――今日の天気は雪。
空から降ってくる白い粒は、やがて落ちていく。それが繰り返し繰り返し、何度も何度も機械的に行われる。
風が吹いて、白い粒は揺られるが最後にはきっちり、落ちていく。
地面に。頭に。川に。塀に。車に。屋根に。
視界が白で覆われる。吐く息も白いからなおさらだ。
世界の色は、白に染まる。全ての色が白を混ぜたような薄い色になる。
今日くらい学校休んでも良いのよ、母は心配そうな顔をして、私に言ってきた。
冬紀が死んだことに、私がショックを受けていると思ったんだろう。
だけど私は冬紀が死んだという事実を、受け止められていなかった。だから、ショックも悲しみも、何もなかった。感じている感情なんてなくて、ただ無。
日常から少し離れた世界に迷い込んでしまった、そんな気分だった。夢をみているような感じ。
こうやって、白く染まる世界すら、夢の世界のようだった。
そんなことを考えながら、通学路を歩いていた。
「呑気だな、
そう冬紀に笑われた。私が作りだした幻想だ。だけど、絶対こんなことを考えていたら、冬紀はこう言う。
呑気で何が悪いの、と心の中で言い返した。
まだ時間に余裕があるし、私は寄り道をしていくことにした。
冬紀の溺れた川を見に行こうと思ったのだ。そうしたら、“冬紀が死んだ”という実感がわくかもしれない。
早く学校に行った方がいいんじゃないか、という冬紀の幻聴を無視して、私は通学路を外れた。
なんていうことのない川だった。普通の川。少し大きめなのかな、と思いながら、橋の上からのぞき込む。
はっきりとは見えないけど、川は凍ってるようだった。石でも投げてやろうかと思ったけど、石なんて見当たらなかったし、手袋が汚れるのでやめた。
冬紀はこの川のどの辺りで死んだんだろう?
詳しい場所なんて知らないので、私はただ見つめているだけだった。
こういうときは、冬紀の幻聴は聞こえない。当然だ。私の作りだした幻聴が、私の知らないことを知るはずがない。
雪が降る中、橋の上からしばらく川を見ていたが、何も感じない。
本当にここで冬紀が死んだの?、という疑問すら浮かばなかった。
私の心はこの寒さで凍ってしまったのだろうか?
「そろそろ行かないと遅刻するよ」
そんな冬紀の幻聴にはっとして、私は学校に向かって歩き始めた。
学校が近づくと、同じ制服を身に纏う生徒たちが増えてきた。
いつもの通学風景だ。
違うことは、雪が降っていることと冬紀がいないこと。それだけ。
本当に空っぽだ。
私は立ち止まり、息をはあ、と吐きながら、空を見上げる。
顔に直接雪が落ちてくる。ひんやり冷たい。
はあ、と再び息を吐く。息は白い。当たり前だ。
再び私は歩き出す。
その先に、サッカー部のバッグを持ってる生徒が目に入る。
冬紀もサッカー部だった……。
冬紀はサッカーを小さい頃から頑張っていて、かなり上手かった。チームを優勝に導いたこともあった。
なにより、楽しそうにサッカーをしていた。
そんな冬紀のサッカーをしている姿が、私は好きだった。
「そっか、もう見れないのか」
冬紀のサッカーがもう見れない。
そう思うと、胸が痛んだ。
「冬紀は、もういない」
涙腺が緩む。
「冬紀に、もう会えない」
声が震える。
「冬紀の声が、聞けない」
手が震える。
「冬紀と、ふざけられない」
足が止まる。
「冬紀にもう、好きって言えない」
涙が溢れる。
「そっかぁ、冬紀、死んじゃったんだぁ」
涙がにじむ声で、私はようやく冬紀が死んだという事実を理解した。
「冬紀、なんで死んじゃったの。私まだ、好きって言えてないよ」
冗談を言うように、私は呟く。
私は本当に、鈍間だ。
「冬紀、好き。大好き」
私の告白は、雪に溶けて消えていく。
だから、何回も言う。
好きだ好きだ好きだ好きだ。
大好きだ。
『俺も』
冬紀の幻聴が聞こえた。
『俺も、小雪が好きだよ』
冬紀の幻覚が私を抱きしめた。
こんな時まで、出てこないでよ。
これは私の幻想なんだから。冬紀はもう、いないんだから。
でも、温かかった。まるで、本当に抱きしめられているかのように、温もりを感じた。
「冬紀、好きだよ」
白い息と共に、私は吐き出した。
そして、冬紀の幻想を抱きしめる。やっぱり、心地良い温かさがある。
まるで、冬紀が本当にそこにいるかのように。
『またな、小雪』
冬紀はそう言うと、するりと雪に溶けていった。
「またなって……」
冬紀の体温を感じるように、私は自分のことを抱きしめるように、腕を交差させた。
やっぱり少しだけ、冬紀の匂いがした。
春夏秋冬恋物語 聖願心理 @sinri4949
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