第14話

 想定していた最悪の状況だ。今すぐに頭を抱えて蹲りたい気分だ。


「本来の代理人は誰だったんだ」

「アルマ・テンベル。歳は18。伯爵家三男。王国の鬼才と呼ばれてる男。戦場経験は一度だけ。

 素行は良く忠義もあつい、王国戦士の鏡と言われている。ただそれが理由か妬みも多く、世渡りが上手いだけと馬鹿にする王国兵も少なからずいる。実際の所は不明。

 身長は170ほど、茶髪の短髪。顔は整っていて女性に人気があるみたい、特徴は右目の泣き黒子」


 本来の代理人でも勝てるか怪しい相手だ。一度その実力をこの目で見たいがそんな時間がない事が悔やまれる。


「わかった、仕事が早くて助かる」

「問題ない。マルベスク・ロンデニューは元々知ってた。人気商品」


 どいやら色々な所で怨みをかってる男らしい。国外からも狙われている事は想像に難くない。


 不幸中の幸いなのは早く知れた事だ。これで動ける可能性も上がった。


「引き継ぎ頼む」

「わかった。公爵家の方は時間がかかる」

「了解した」


 俺は彼女に手をヒラヒラと振りながらこの場を去る。


 屋敷に戻る道は昨日より長く感じた。あれこれ考えが頭の中をぐるぐる周りるも答えには辿りつかない。




 自室に戻ると、エインから買ったリリーの髪留めの箱がテーブルに置かれている。


「そう言えばまだ渡して無かったな」


 箱を掴み、その足でリリーの部屋に向かうと、部屋の前に一人のメイドが立っている。


「リリーはいるか?会いたいんだが」

「アルス様、少々お待ち下さい」


 そう言って彼女は部屋に入るとすぐに出てくる。


「お会いになるようです。どうぞお入り下さい。」


 すぐに部屋に入るとリリーは椅子に座り外を眺めていた。


「今日は外で鍛錬しないのね」

「ちょっと息抜きしていた」


 どうやらリリーの部屋から見られてたようだ。見てて楽しいものでも無いのに酔狂なやつだ。


「これプレゼントだ」

「何かしら?」

「髪留めだ。髪を纏めてる所は見たこと無いが、たまにはいいだろ?」

「あけても?」

「あぁ」


 リリーは箱を綺麗に開け布製の青白い髪留めを手に乗せる。


「アルス縛ってちょうだい」

「俺がか?メイドを読んだ方が……」

「いいからやりなさい」


 リリーは微笑みながらそう言うと、化粧台の前に移動し腰を下ろす。独身の高貴な女性の髪を触るなど、誰かに見られれば有らぬ疑いをかけられる危険な行為だが、リリーは気にしていないようだ。


「こうか?」


 リリーのサラサラの髪を束ね。慣れない手つきで纏めていく。


「もっと強く縛らないとほどけるわ」

「あぁ、わかった」


 やり直しをくらい、縛りなおす。鏡越しに見える顔は昨日の涙を忘れさせるほどに明るい。こんなに機嫌の良いリリーを見るのは初めてだ。


「これでいいか?」


 リリーは顔を左右にゆっくり揺らしながら鏡越しに髪をチェックする。その仕草はどこか色っぽい。


「えぇいいわ! 似合う?」

「あぁ似合ってるよ」


 本心でそう思う。きっとリリーなら何を着飾ろうと似合うに違いない。


「お茶でも飲んで行きなさい」

「いや、済まないリリー。やる事があるんだ」


 今日、初めて不機嫌な顔を覗かせるが、それに流される訳にもいかない。


「昨日の自信はどこにいったのよ。慌てたって結果は変わらないでしょ」

「それとこれとは別だ」 

「せっかちな男ね、まぁ今日はいいわ。明日は朝から出かけるからついてきなさいよ」

「ずいぶんと唐突だな」

「今決めたのよ」


 相変わらずの気分屋だ。夕方までなら問題無いだろう。


「わかった、また明日なリリー」 

「えぇ、また明日アルス」



◆◆◆




 翌日、リリーに連れられ王都を見て回る事になった。周りに護衛や供回の者をつけずに平然と歩いている。

 リリーの心は硬い場所と柔らかい場所が激しくて正直よくわからない。暗殺者に狙われて依頼主すらわかっていないのに良く平然と歩けるものだ。これが俺に対する信頼なら有難いことではあるが、苦言を呈したい。


「アルス! あれ何かしら?」


 リリーは髪留めで縛った髪を左右に揺らしながら、あれやこれやと聞いてくる。

 おかしな話だ、今日屋敷を出る時は王都を案内してあげると凛々しく言っていたのに。

今では子供のようにはしゃいでいる。


「あれは肉屋だな」

「なんのお肉なのかしら?」

「わからんな、食えばわかるだろ」


「へい! いらっしゃい! どうだい?うまいぜ!」

「二つくれ」

「へいまいど!」


 親父に金を渡すと焼きたての串焼きを2本もらい、一本をリリーに渡す。

 俺は早々にかぶりつく。口の中で脂が広がり、タレと絶妙に絡み合う。


「結構うまいぞ」

「そ、そう? じゃあ頂くわ」


 リリーはおっかなびっくり食べ始める。その仕草は小動物のようで少し可愛い。


「まぁまぁね」


 こう言うとこは相変わらず可愛くない。美味いと言っておけば良いものを脚色する事を許さないらしい。


「それで次はどこ連れて行ってくれるんだリリー?」

「こっちよ」


 リリーの表情は先程までとは違い、少し影が落ちた。

 俺は黙って彼女についていく。

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