第8話
王女に絡まれて次の日、リリーは学園に登校した。少し心配していたが表情だけならいつも通りだ、内心穏やかでない事は間違い無いだろう。
式典をすっぽかして帰った俺達は実質初登校だ。クラスの案内図を見ながらリリーを誘導する。
いつも以上に会話は無い。
これから自分達の教室になるであろう部屋につくと扉をあける。教室に居たのは30人程度だろうか、周りの視線が一気に集まる。
教室は物静かで、制服が擦れる音や机や椅子が軋む音がよく聞こえる。
唯一の不安材料が居ないことに安堵せずには居られない、もし居ればこのクラスの平穏はなかったに違いない。
ちょうど空いている席がニ席あり、それがおそらく俺達の席だろう。後ろの窓側の席だ。
俺は席を引きリリーが座るのを待つ、これはメイドを観察して手に入れた技の一つだ。多くの世話は出来ないが、このぐらいなら俺でもできる。
リリーは当然のように腰を降す。
……驚かせてやろうと思っていたが、この程度では無理らしい。
少し気落ちした気分を直し隣の席に座る。
それにしても静かだ。これが当たり前なのだろうか。周りを観察するも誰もがジッと座っている。
俺は小声でリリーに話しかける。
「なんでこんな静かなんだ?」
「知らないわよ」
つれないやつめ。
そこで会話が止まる。
また静寂が訪れた教室は何故か気まずく感じる。
「今日は何をやるんだ?」
「知らないわ」
また会話が終わる。
「学園てのはいつ帰れるんだ?」
「……アルス、気を使わなくていいわ」
どうやら、ばれていたらしい。我ながらこういった事は下手らしい。
「でもありがとう」
消えるような小声の呟きは俺の心音を少しあげる。
そこからはただ無言で待った。
教室の扉が開き、若い女が現れる。身長が高くスタイルがいいその姿は教室にいる男達を魅了している事だろう。
そのまま一直線に教壇にむかい声を張り上げる。
「これからこのクラスを受け持つエルフィー・バイレンだ。今日から本格的に授業が始まる。その前にこれからお前達には自己紹介をしてもらう」
そう言ってバイレン先生は教室を見渡す、おもむろに前に座っている男を指差し「お前からだ」と指示し自己紹介が始まる。
「私の名前はエイン、趣味は商売で、特技は売込みです。家は商売をやっていて、この学園にはお客をつくるために来ました、何か入用の場合はわたしの所まできてください、安くしますよ。以上です」
なるほど、こんなやつも居るらしい。
そこからは淡々と挨拶が終わっていく。正直最初のエインて男以外は印象が薄い。
そうして俺の目の前の女が席を立つ。次が俺の番か、以外と緊張するもんだな。
「私の名前はルフナ・エレミン趣味も特技もありません」
言葉の起伏が薄く、息継ぎ無く喋りきる。
どうやら目の前の女も変わり者らしい、そんなん自己紹介でいいのかよ。
そしてついに俺の番だ。
「名前はアルス、趣味はローブを集める事で、特技は武器の手入れだ」
趣味は昔の話だが、何も言わないよりいいだろう。俺が終えると次はリリーの番がやってくる。
「リリーヴェルクスよ」
そう言って着席した。
このやる気の無さを薄々気づいてた俺は段々学習出来ているのだろう、なんなら自己紹介を放棄する事も考えていたぐらいだ。
そして自己紹介が恙無く終わる。気付いた事は一つ、やたら貴族が多い事だ。九割が家名を持っている。
キリキリしてきた胃をおさえ、不安に駆られる。昨日少しばかり学園に居ただけで問題が起きたんだ、平民相手ならばリリーの家名だけで口を閉ざすだろうが、貴族となれば話が変わってくる。いくら公爵家と言えど限度があるだろう。
それに不安要素はもう一つある、俺に貴族の知識がない事だ、家名を聞いても、どのくらいの家なのかも想像がつかずリリーをフォローする事も難しい。帰ったらアカリに教えてもらうか……。
そんな先行きの見えない事実に打ちひしがれているとバイレン先生が今後の説明をしだす。
「資料は既に送っているから知っていると思うが、念のためもう一度説明しておく」
……知りませんよバイレン先生。
リリーに学園の事を聞いても知らないと言う以上は本当に知らないはずだ。いったいその資料とやらはどこに行ってるんだ。
またアカリに聞くことが一つ増えた。
「これより本格的な授業が始まる。心配無いとは思うが成績の悪い者は進級する事が出来ない、そういった者は大抵学園を去っていく。特に貴族に産まれた者は精進しろ、進級すら出来ない無能が生きていけるほど貴族というものは甘くは無い。産まれを誇る前に己を誇れるようになれ」
先生の言葉が平民の俺に刺さるのは何の皮肉なのだろうか。隣に座るリリーにこの言葉は届いているのだろうか。
だが俺も人の心配をしている暇は無い、何故ならこのクラスで1番学が無いのはおそらく俺だ。
明るい材料が一つも出てこない。
食べる事に必死になる生活を抜ければ幸せに生きれるてのは幻想だったな、住む世界が変わればまた違う苦しみが現れる、上手く出来ているもんだ。
「次の授業は私が受け持つ、休憩の後に席に座って待っていなさい」
そういってバイレン先生は去っていった。
「姫どうする?」
「時間も無いしこのままここにいるわよ」
「わかった」
席に座って静かに待っていると、エインと名乗った商家の男が近づいてくる。
貴族だらけのこの学園に商家の人間として入学できているて事は彼の家はかなり大きいのだろうか。
「どうもはじめましてですね。私の名前はエイン。公爵様と同じクラスになれるとは光栄で幸運です。」
彼が先にこちらに来たって事はこのクラスで一番の名家はリリーの可能性が高い。少しほっとする。
「…………」
リリーは相変わらず対応する気が無いらしい。仕方なく俺達は口を開く。
「姫は人見知りで怖がりなんだ、用件は俺が聞く」
隣からすごい眼光で睨まれてる気がするが無視する。まさか下々の者と話す気が無いなどと本当の事を言っても良いことが無い。
「それは残念だ……。追々慣れていただければ幸いです。それで貴方はそば付きですか?男とは珍しい」
「物騒なやつが多くてな、護衛の為にいるだけだ」
「なるほど。ところでどうです?我家は名剣を数振り持っております、見るだけでも」
商魂逞しい男だ。リリーから即座に撤退するや否や標的を俺に変えて来た。
「悪いが得物は間に合っている、新調する時にでも声をかけるよ」
「その時には是非に!趣味はローブと言っておりましたね、素晴らしい趣味です。最高級の物を取り揃えております、いかがです?」
良く覚えてるもんだ、俺は他人プロフィールなど既に頭から抜けていると言うのに。
「今度持ってきなさい」
意外な事にリリーが返答する。
「おぉ! 明日ご用意いたします、期待してお待ち下さい。それではこれで」
エインは頭を下げて去っていく。
「なんの気まぐれだ?」
「貴方が何も欲しがらないからよ、ローブが好きなんて初めて聞いたわ。そう言えば初めて会った時は着ていたわね」
今更、嘘などと言えない雰囲気だ。
「そうか、なら有り難く受け取るとしよう」
「ところで姫は欲しいものは無いのか?」
「前にも言ったでしょ、欲しいものは力尽くでも手に入れる主義なのよ」
すでに欲しいものは手に入れているて事だろうか。
「そうか、聞いて何だが俺にどうできるモンでも無いしな」
「そこは無理にでもプレゼントするのが男の甲斐性てやつじゃないの?」
「姫に養われてる男がそんな事して意味あるのか?」
「気持ちてやつよ、まったく……女心のわからないやつね」
なんだろうか、すごく馬鹿にされた気がする。
「そうゆうもんか、覚えておくよ」
そうして休憩時間が終わりを告げる。
再度教室に入ってきたバイレン先生が教鞭をとり、配られた教材を見ながら話を聞く。
内容はこの国の成り立ちだ。周りは暇そうに聞いているが、初めて知る俺には新鮮に聞こえ興味深かった。
休憩を何度か挟んだが、気づけばあっとゆうまに授業が終わり、昼になる。
リリーがすぐさま立ち上がる。
「アルス行くわよ」
「あぁ」
リリーの後を追って行くと途中から見覚えのある通路になる。
段々と嫌な予感が膨らんでくる。
そして俺の目の前には見覚えのある建物のが鎮座している。
……昨日のカフェだ。
なんだか愉快な気分になったのは毒されてきたのだろうか。
リベンジマッチの始まりだ。
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