第9話

 リリーはなんの躊躇も無く中に入ると階段を上がり、テラスに出て行く。


 予想通りリリーが座った席は昨日と同じ席、彼女らしい行動だ。リリーのやる事は理解した。昨日はどうなるかと思ったが杞憂で終わった。ならそれに付き合うしかない。


 座ったのはテラス入口に近いリリーの隣だ、ここならば対応しやすい。


 これからおこなわれる事は公爵閣下の事を考えると止めるべきだ。もしかしたらリリーのためにも止めるべきなのかもしれない。そして何より自分のために止めるべきだ。それなのに俺は一度もリリーを静止しなかった。昨日のリリーの涙を見てしまったら止める事は出来ない。


 我ながら愚かだ、公爵閣下に首を斬られても文句は言えない。


 男は女の涙に弱いてのは本当のようだ。

 

 リリーは俺に向かってニヤリと笑いう。


「やっぱり貴方をこの学園に連れてきて正解だったわ」


 それは褒められてると受け取っていいのだろうか、たしかにこんな馬鹿な事に付き合う人間は居ない事ぐらい俺にもわかる。


 昨日と同じ紅茶を注文すると、すぐに運ばれてきたがリリーは口をつけない。俺は飲んでもいいだろうが、リリーを差し置いて飲むのは気が引けた。


 十分ぐらい経ただろうか、テラスのドアがギィーと開く。入ってきたのは御目当ての男女だ。


 昨日と違うのは入ってきた瞬間2人の顔が不快に歪んでいる事だ。すぐさまバンデスは

俺達に近づき声をあげる。


「なんの冗談だ?」


 残念ながら大真面目だ。こっちにはプライドについた汚れを拭かないと死んでしまう人間がいる。


「冗談? なんの話だ?」


「お前達は本当に死にたいのか! 愚かにも程がある!」


「うるさい奴だ、折角のティータイムが台無しだ」


 後ろにいた王女は我慢の限界らしい。怒りの表情でバンデスを押し除けこちらに向かってくる。


 まるでデジャブだ。行動パターンが何一つ変わってない。


ーーバシャン!


 リリーはここしか無い完璧なタイミングで王女に紅茶をかける。


「あらあら! ごめんなさい王女殿下!手が滑ってしまいましたわ!」


「な、なにをしている!」


 バンデスが動揺しながら慌てて王女を庇っいにいく。


「申し訳ありませんわ、声を荒げるものだからビックリしてしまって」


 そう言い訳するリリーの表情は悪戯っ子の顔で、口が吊り上がっていて今にも笑い出しそうだ。


「バンデス‼︎殺しなさい‼︎」


 濡れ王女の言葉を合図にバンデスは剣を抜き、俺は立ち上がり警戒する。剣は抜かない、無力化なら無手の方が早いし便利だ。


 すぐに襲いに来ると思ったが意外な事に一向にバンデスは動かい。


「何をやっているの‼︎さっさとやりなさい‼︎」


「しかし王女殿下……、ここで殺生など行えばただではすみません」


「いいからやりなさい!」


 どうやらバンデスは王女のような剛気な性格をしている訳では無いらしい。


 いずれはバンデスも折れざるおえないだろう。なら先制するにかぎる。


 迷っているバンデスの懐に入り込み、肩と腕の制服を掴みとる。背後に押し込み態勢を崩し足を掛ける。


 ーードカン


 倒れたバンデスの首筋に剣を抜刀して突きつける。これで昨日と立場が逆転した。無論物理的な立場のみだが。


 王女は一歩後ずさる。


「あらあら!!王女殿下とあろう者が貧弱な護衛を連れております事、お可哀想に。

 所詮第三王女、政略結婚の道具でしか無い貴方にはまともな護衛もつけてはもらないのですね。

 もし宜しければ我がヴェルクス家が優秀な護衛を紹介致しますが………第・三・王女殿下?」


 昨日の鬱憤を晴らすように、散々煽りだす。凄く楽しそうに言葉がスラスラ並べたてる。


「バンデス‼︎いつまで寝転がっているの‼︎」


「動いたら殺すぞ」


 脅しでは無い、動けば即座に斬り落とす。それを感じてか、バンデスは悔しそうに顔を歪めるだけだ。


「あら王女殿下、その男が居ないと何も出来ないのかしら?昨日の威勢はどこえやら……」


「不意打ちなんて卑怯な真似しておいて勝った気になったつもり⁉︎」


「不意打ち? 実力の差も理解出来ないのかしら、頭が悪いのかしらね?」


「言ったわね……決闘よ、ただで死ねると思うなよ公爵の娘」


「決闘? いいでしょう、負ければ学園から消えなさい」


「あんたと一緒にヴェルクス家も必ず潰すわ」


「無駄だろうけど頑張りなさい。1週間後学園で行いましょう。精々強い代理人を呼ぶのね」


 決闘てのは俺がやるのだろうな……。


「アルス、解放してやりなさい」


 剣を鞘に納める。


「このグズ!あんたのお陰でとんだ醜態よ!」


 王女の矛先はバンデスに向いている。可哀想な男だ、彼は彼なりに最善を尽くしてたように見える。それを評価出来ない王女の器量が狭いのだろう。少なくともリリーは俺のせいにはしなかった。


 バンデスは歯を食い縛りながら王女と共に去っていく。


 俺は椅子に座り直すと、テーブルの備え付けのベルを鳴らし紅茶を新たに入れてもらう。


「公爵閣下には何て言うんだ?」


「そんな事考えてないわよ。アルスがなんとかしなさい」


「無理言うな……俺は言葉が上手い訳じゃ無い」


考えより感情で動くのはいいが、後付けでもいいから案を出して欲しい、切実に。


「そんな事より勝てる? アルス」


「あの男ならいくらでも勝てるが、違うやつが出てくるのだろ?」


「あの女が腐っていようと、王家の血筋である以上はどんな理由にしろ王家がお膳立てするでしょうね」


「まぁこうなった以上やるしかないだろ」


 いくら喚こうが決まってしまった以上はやり切るしかない。


 隣に目をやると、リリーの持ち上げたティーカップが震えている。傲慢で強い心を持っているように見えるが、その実、繊細なのかもしれない。


「ここで負ければ全てが終わるわ」


「べつに学園を辞めたって公爵家にいればいいだけじゃないのか?」


「そんな単純じゃないわよ」


負ければ何がどうなるのか説明する気は無いようだ。それ以降リリーは静かに空を眺めているばかりだった。

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