第10話

 決闘が決まり屋敷に帰ると、リリーに連れられ閣下の執務室に向かう、もちろん報告するためだろう。説明するや否や閣下の剣幕は凄まじく、今にも頭に血が昇って倒れそうなほど顔を真っ赤に染め上げてる。


「なんて事をしてくれたんだ!事もあろうか王女殿下と決闘など正気の沙汰では無い、なにか言う事はないのか⁉︎」

「ありません、お父様」

「この馬鹿娘が!」


 執務デスクの上にあるティーカップが宙を舞い壁にぶつかる。


 ーーガシャン


 この家系はよく物を壊す。


「直ぐにでもお前を廃嫡にしたい気分だ」

「なら早く子を作ればよろしいのでは?」

「そうやすやすと出来れば苦労はしない! せめてお前がまともなら、こんなに悩む事もなかったわ! この戯け!」


 当主としての立場からみれば閣下の言葉は正しいのだろう。世渡りの出来ない愚か者と言われれば否定は出来ない。ただそんな事はリリーだって知っているはずだ、それでも彼女は貫いた、震えながらやり切ったんだ。これは側にいる身びいきなのだろうか、そうだとしてもリリーを尊重してやりたい。


「レミルダもあの世で嘆いてるぞ」

「あ、貴方がお母様を語るのですか!」


 リリーは物凄く嫌悪感を示して感情をあらわにしている。母の話を聞かないと思ったら亡くなってたようだ。


「それはどうゆう意味だ!」

「言わないと判らないのですか……?貴方がお母様にした仕打ちを忘れたとでも言うのですか!」


 既に2人共冷静では無い、どんどん話が逸れていく。それに俺が聞いていい話なのだろうか。


「お前に何がわかる! 真っ当に義務をこなさないお前に、お前に何がわかる‼︎」


 閣下は机を強く叩きつけ勢い良く立ち上がり、リリーに詰め寄る。


「義務がなんだと言うのです! そのせいでお母様は苦しんでいたのではないですか!」


ーーバチン


 閣下の平手がリリーの頬を打ちつける。止める事も出来たが、ここは俺の出る幕では無い気がした。


「出て行け! 貴様の顔など見たくない!」


 リリーは打たれた頬を抑え足早に退室する。その瞳からは涙がポロッと流れ落ちていた。


「あの愚か者を止める事が出来なかった役立たずの貴様にも問題がある、何のためにお前のような身元も判らぬ者を公爵家にあげてやってると思っている」

「そう簡単に制御できたら苦労はしない、それは閣下が一番知っていると思うが」

「ふん、ふざけた奴め。それで勝てるのか?」

「相手が誰かも判らないのに答えようがない」


 閣下は倒れた椅子を戻し座り込む。先ほどの怒りは収まり、今はどこか疲れた顔を浮かべている。


「王国軍の誰かだろう。王族の意地があろうと子供の喧嘩だ、歴戦の英雄を出してくるような真似はしないと思うが、否定もしきれないな」

「公爵軍で勝てるやつは居ないのか?」

「王都に連れて来る訳あるまい、優秀なものは自領を任せている。こんな事になると知っていれば連れて来たわ」

「正直、英雄に来られたらどうにもならないだろうな」


 英雄と呼ばれる存在に正面から戦って勝てる可能性は無いだろう。そもそも俺は正面から強者と戦える人間では無い。技術の種類がまるで違う。


「それで小僧、貴様は何者だ」

「なんの事だ」

「娘を言いくるめようと、私を誤魔化せると思うな。調べればすぐに判る事だ、たとえ愚かな娘であろうと公爵家に連なる者だ、貴様の事は調べてある」


 調べてわかるぐらいなら俺は今頃死んでいる。情報が落ちてるはずはない、はったりだ。


 閣下はまるで心を読んだかのように語りかけてくる。


「ふん、だから貴様は小僧なのだ。確かに調べても何もわからなかった。そう、何もわからない事がわかった。ならば答えは一つだ」


 そうゆう事か……。公爵家ともなれば調べれば大抵の事は判るのだろう。それでも判らない人間が居れば、あとは限られて来るて事だろう。侮っていたな。公爵家ほどの権力者ならば探り当てる事ぐらい出来ると考えるべきだった。


「何色だ?答えなければ未来は無い」

「……白だ」

「名前は?」

「……」

「答えろ!」


 これを言えばまた逆戻りだ……。組織と公爵家の関係性はどうだ?敵対してれば可能性はあるか?いや、それも希望的観測だ、それなら、ここを抜け出して、いや……それではまた同じことの繰り返しだ。糞、考えが纏まらないし、答えが見えない。


「……アッサムだ」


 口は勝手に真実を告げる。


「がははははは!」


 閣下は何故か笑い始める。それが何故か見当もつかない。


「まさか有名人に会えるとはな」

「有名人?なんの話だ?」

「知らぬのは本人だけか、同族殺しのアッサム、その道を知ってるものなら誰もが一度は聞く名だ」

「気分の悪い異名だ」

「己でした事だろうに、だが不幸中の幸だ。リリーはいい拾い物をした。小僧、娘ではなく私に仕えろ」

「断る」

「娘には貴様を使え切れまい、宝の持ち腐れだ」

「俺はものじゃない」

「もはや小僧の命は私が握っている、忘れるな」


 脅しか……。リリーは確かに閣下の血を継いでるようだ。二人はなんだかんだ似てるのかもしれない。


「それでもだ、すでに契約は済んでいる。離れる時は死ぬ時だ」

「契約?」

「ギアススクロールだ」

「あの馬鹿娘、勝手に持ち出したのか」


 どうやらリリーはくすねて来たらしい、高貴な人間とは思えない行動だ。今更か……。


「ふん、それならばまだ良い。少なくとも貴様は逃げる事も出来ない訳だ。それで契約内容はなんだ?」

「それを言うつもりは無い。リリーにでも聞くんだな」


 確かに逃亡する事は出来ない。だがそれはリリーからであって閣下からでは無い。それに契約した事は仕える事だけだ。いくらでも抜け道はある。


「無礼な小僧だ」

「今更だな」

「まぁ今はいい。とりあえず決闘には何が何でも勝て、負ければ娘を他家に降す」


 一人娘を他家に送るなど考えられない。決闘に負ける事がそこまで汚名になるのだろうか。


「正気か?」

「貴様にはわからないだろうな、家のためだ。血縁ならばいくらでもいる。とは言え勝つに越した事は無い」

「わかった、やるだけやるさ」

「ふん、話は終わりだ出て行け」


 呼び出しておいてとんだ言い草、一発蹴り飛ばしておきたい気分だ。

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