第11話
閣下の執務室を出た後、リリーの部屋に向かう。呼ばれた訳では無いが少し心配になった。
部屋の前に近づくと不審な者が目に入る、アカリだ。彼女は扉に耳をつけて聞き耳を立ててる。
アカリはこちらに気づくと「シー」と口元に人差し指を立て訴えかけて来る。俺は溜息を吐きながら彼女に近づき小声で話しかける。
「なにやってんだ」
「見てわかんないの?聞き耳立ててるのよ」
そういう事を聞いてる訳ではない。ただ聞き直すのも面倒なのでそのまま話を続ける。
「それで、どうなんだ?」
「自分の耳で聞きなさい」
そう言われて仕方なく扉に耳をつけると微かに嗚咽が漏れ聞こえる。どうするべきか、このまま一人にしてあげるのも間違いでは無いだろう、今までこんな経験が無いので正解がわからない。
「あんた行ってあげなさい、男でしょ」
至極真っ当なアドバイスに聞こえるが、それを口にしているのはアカリだ。なんとも信用できない。
「お前楽しんでないか?」
「……」
どうやら図星のようだ。アカリは目をキョロキョロさせて大袈裟に動揺する。
「お前は戻れ、行ってくる」
アカリは親指を立て目をキラキラさせて扉から離れていく。
少し緊張しながら扉を叩く。
ーーコンコン。
返事は返ってこない。勝手に入るか悩んだが、もう一度ノックする。
ーーコンコン。
やはり返事は返ってこない。
「アルスだ、入るぞ」
扉を勝手に開き部屋に入ると目に入って来たのは、ベットに腰掛け布団に顔を埋め鼻をすするリリーだ。
「何しに来たの、呼んだ覚えは無いわよ」
「来ちゃダメだったか?」
「私を哀れみに来たなら帰りなさい」
俺は彼女を哀れんでいるのだろうか、正直よくわからない、ただここに行かないと行けない気がした、いや、ここに来たかったのかもしれない。
「何を悲しむ必要がある、後悔しているのか?」
「私だって後悔ぐらいするわよ、何をどうすればよかったのよ……。あの時、我慢して頭を下げればよかったの? それとも仕返ししなければよかったの? わかんないわよ、わかんないわよ!」
リリーはホロホロと流した涙を袖で拭いながら声を荒げる。俺は彼女に近づき腰を下ろすと、ゆっくり話しかける。
「泣くなリリー。有り得ない選択肢を考える必要は無い。あの時、頭を下げる選択肢があったのか? 仕返しせずに収まったのか? 君は君が思ってる以上に我儘で傲慢だ」
「何よそれ、ばかにしてるでしょ」
「そんな事は無い、それはリリーの強さで気高さだ。周りの事を気にする必要は無い、そんな有象無象の思いなど聞く必要は無い。リリーはただ傲慢であればいいんだ」
「その結果がこの有様じゃない」
「そうかもしれない、でもリリーはまだ戦える。勝利する者だけが自分を貫けるなら勝てばいい。そこに貴族も平民も関係ない、勝利さえすれば閣下だって文句は言えない。それはリリーも知っているだろ?」
「勝てるの?」
リリーにも閣下にも聞かれた質問だ。その時はわからないと言った。それは紛れもない真実だが、今、いや、彼女の前では相応しく無い言葉だった。
「勝てるさ、俺は一度も負けた事が無い。だからリリーは剣を握ればいい。あとは俺が君の敵を殺す、君の剣はここにある。ただリリーは我儘に命令すればいい」
リリーは腫れぼった瞳で見つめてくると、ゆっくりと俺の首に腕を回してくる。
「なら勝って」
耳元で聞こえるその言葉を心に刻む。彼女の表情は見えない。ただ温もりと心臓の鼓動だけが伝わってくる。
自然とリリーの腰に手が回るがそこで体が止まる。これ以上はよくない。そういった感情で彼女の剣になった訳じゃないんだ。流されてしまえば取り返しのつかない事になる。衝動を抑え込みリリーの肩を掴み、体から離す。
リリーはこちらを見つめて来る、その視線に心が奪われそうになるが、強引に視線を外し立ち上がる。
「今日は疲れたろ、早めに寝るといい」
彼女の綺麗な髪をひと撫でし、部屋から出ようと扉を開く。
「「「「キャァ!」」」」
そこにはアカリと見たことのあるメイドが3人倒れこんでいる。
彼女達はずっと聞いていたのだろうか。アカリだけならいざ知らず、他のメイドまでいるのは冗談と思いたい。
「いやぁ……たまたま扉を拭いていまして」
アカリは誰も信じない言い訳を取り繕い始め。それに周りのメイド達が大袈裟に顔を縦に振り、アカリを肯定している。
ここで問答していても拉致があかない、リリーの事を思えばさっさと解散させた方がいいだろう。
「いいから、戻れ」
そう言うとメイド達は凄い勢いで消えていく。
「はぁ」と溜息をついて後ろを振り向きリリーを伺うと、リリーは顔を真っ赤に染め上げ微動だにしない。
見なかった事にして部屋を出た。
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