第4話

 王都フュンドル、ヴェルクス家。


 その門をぬけると馬鹿みたいに広い庭が視界を覆う、それでいて芝や木々は手入れが行き届いており一切の乱れを感じさせない。


 屋敷に近づくと大量の使用人達が腰をおり頭を下げリリーの帰還を歓迎している。


 中に入るとあちらこちらに高級そうな壺や絵が置かれている。


……いくらするんだ?


 貧乏人の性なのか、そればかりが気になって仕方がない。


「リリーこれいくらするんだ?」


 俺は我慢しきれず聞いてしまう。


「そんな事知らないわよ、少なくとも人間10人は買えると思うわ」


 ……単位がおかしい、なぜ人間換算なのか。恐ろしいから聞くのは辞めよう。


「私はお父様に報告に行くわ、アルスは応接室で待ってて」


 そう言ってメイド数人を引き連れて消えていった。


 そしてすぐに目の前に金髪ショートの女が現れお辞儀してくる。


「応接室に案内致します」


 自分より幼い少女に、応接室へと案内される。


「アルス様よろしくお願いします。私の名前はアカリです」


「よろしく頼む。お前もメイドなのか?」


「はい」


 聞いたのは他の側仕えと格好が少し違うからだ。他のメイドはロングスカートを履いてるが、このアカリと名乗った女は膝上丈の短いスカートを履いている、細かい装飾も違うように見える。そして別格なのはその容姿だろう、他のメイドには悪いが比べるべくもない。


 それに、どこか見た事がある気がするが思い出せない。よくよく考えると、こんな美人な知り合いがいる訳ない事に気づく。


 アカリが歩き始めこちらの顔をチラチラと伺ってくる。


「なんだ?」


「いえ、なんでもありません」


 気になるな。まさか俺の顔が好みとかだろうか。俺は少し期待して催促する。


「何かあるなら言ってくれ」


「………少し知り合いに似ておりまして」


 どうやら俺に春は来ないらしい。


「この世の中には同じ顔が三人いるらしいぞ」


 どこかで聞いた、うる覚えの話をする。


「そうなのですか?」


「あぁ、なんでも同じ顔の人と会うと死ぬとか、なんとか……まぁくだらない迷信だ」


「でも貴方の様な方が後、二人いるなんて可哀想ですね」


 ………ん?


 なんかすごい貶されてないか?。まさか客人に毒を吐いてくるメイドがいるとは思わなかった。いや、これは彼女なりのジョークなのだろう。


「面白い事言うな」


「面白い?なにがですか?」


 どうやらただの狂人らしい。


「いやなんでもない」


 気まずい時間が流れる。


 無駄に長く豪華な通路を行ったり来たり、登ったりしてようやく部屋にたどり着く。


「ここが応接室です」


 ガチャリと開いた扉の先には予想通り豪華な部屋だった。


「このお部屋でしばらくお待ち下さい、私は部屋前で待機していますので、何かあった際はお呼びください」


「わかった」


 彼女はスカートをなびかせて部屋を出てってた。


 ……暇だな。


 ソファーに腰を下ろし目を瞑る。


 どのくらい経っただろうか、意識が少し遠のいてくると部屋の外から多くの気配を感じ、目をあける。


 部屋に入って来たのはリリーを筆頭にゾロゾロと護衛とメイドが入ってくる。


「お待ちかねの報酬よ」


 リリーはニヤニヤしながら話を切り出し、部屋奥の一人掛け用の椅子に腰を下ろす。


「それで?いくらくれるんだ、自分で言うのもなんだがいい仕事したぜ」


「それは私が一番わかっているわ、安心しなさい……そこで」


 彼女は言葉をため、焦らしてくる。


「私に仕えなさい」


 ……へ?姫は何を言っているんだ。


「リリー、俺は金がいいんだが」


「そう謙遜しなくていいわ……私の側で働けるのよ、これ以上の褒美はないでしょ?」


「いや、めちゃくちゃ大変そうだぞ」


「そんな事無いわ、この前のは例外よ」


 何故だろうか、全然信じれない。


「いや、やっぱ金で頼む」


「私は欲しいものは力尽くでも手に入れるの」


 リリーは悪戯をした子供のようにニヤニヤと笑っている。この部屋の周りは兵士で囲まれていて、逃げ出す事は難しくなっている。これは脅されているのだろうか。


「言いなさい欲しいものは何?私の元に来るだけでアルスの願いは叶うのよ」


「本当になんでもいいのか?」


「構わないわ」


「わかった」


 嫌になれば辞めればいいだけか。


「そう! よかったわ!」


 リリーはとても嬉しそうな表情をつくり。一枚の紙を出す。


 ……ギアススクロール。


 有名な代物だが、見るのは初めてだ。


 よっぽど重要な取り決めにしか使用されない契約魔術。契約を破れば自らの命は勿論、子孫にまで影響を及ぼす強力な呪術が発動する。主な使用用途は国家間の戦後処理。そんな代物をたかが雇用に使用するなど常識を逸脱している。


「貴方の条件を書きなさい」


 ギアススクロールとペンが飛んでくる。ペンがカランカランと床に落ち、俺は膝を折ってそれを拾い、スクロールに書き込もうとする。


………ん?


 スクロールにはすでにリリーの署名が入っている。つまり俺の書いた事にリリーは否を唱える事が出来ない。


 今、ふざけて明日までに世界が欲しいと書けば、彼女は明日まで世界征服を達成しなければギアスの呪いで死ぬ事になる。


 他者に命を預けるとは……豪胆な事だ。それとも己に絶対の自信でもあるのだろうか。


 リリーの顔を盗み見る、機嫌が良さそうということぐらいしか窺い知れない。


 だが逆の立場で考えれば俺は彼女に相当評価されているとゆう事になる。


 まぁ悪い気はしないな。


 ペンをはしらせ最後に署名し、ギアススクロールを渡すと彼女はすぐにそれを開く。


「……そう」


 リリーは小声で呟く。


「あぁ、契約した以上はギアススクロール関係無く仕事はこなす」


「熱心でなによりね、それじゃ私と一緒に学園に行ってもらうわ」


「……学園?」


 言葉こそ聞いた事があるが、それがいったい何なのかは詳しく知らない。


「成人したから行かなきゃいけないのよ、名家としての務めてやつね、アルスは私の側仕えとして入学してもらうわ」


 頭の中がパニックだ。


「……いや、学園てなんだ?」


「貴方、へんな所で常識はずれね、学や武を学ぶ場所よ名目はね」


 なるほど、なんとなく理解した。


「本質は違うのか?」


「まぁ人によるでしょうね、コネクションを作りたい者もいれば、出世の為に良い成績を残そうとする者、三者三様よ」


「リリーは何が目的なんだ?」


「強いて言うなら、暇つぶしね」


 リリーが暇を潰せる学園てのはなかなかいい場所……いや、やばい場所なのか?。


「まぁ俺も暇をつぶさせてもらうよ」


「そうしなさい」


 こうして俺は公爵令嬢リリー・ヴェルクス仕える事になった。

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