第6話
幼い頃から家族に囲まれ、切磋琢磨して育った。
ただそれは時が経つほど疑念が生まれてくる。
愛は虚像で、人は道具。
俺は酷く動揺した。
そんな気の迷いがいけなかったのだろう。
俺は殺す対象を殺せなかった。
その子は俺よりも少し幼いぐらいの少女だった。
少女はただターゲットの家族と言うだけで殺す対象になっていた、非力な人間だ。
敵では無い。
少なくとも今は敵ではないのだ。
彼女を近くの孤児院に連れて行った。
しかしそんな事はすぐに上に知られる。
俺は処分対象になった。
家族は誰も否を唱えなかった。
やっぱりこの世界では愛は虚像で、人は道具だ。
逃げ出した。あてもなく逃げ出した。
家族や友人と思っていたやつらが追ってくる。
「アッサム!何故裏切った!血迷ったのか!」
辺りは大雨が降っており、雨音がザーザーと絶えず響渡る。
「なぜ答えない!」
そう言いながら得物をこちらに向けてくる。
俺は何も語らずに、濡れた地面をグチャリと駆け抜ける。
雷鳴と同時に肉を切り裂く感触が手につたわってくる。
決着は一瞬だった。
「さよなら……兄さん」
俺は俺の敵を殺した。
それから殺して殺して殺し尽くした。
気づけば引き返せない、汚れた血が俺の心を支配する、いやその血こそが俺の全てなのだ。
それに気付いた時、揺れ動く事をやめるた。
たとえ心が静止しようとも、たとえ血が流れようと、俺は俺を貫く事こそ俺なのだと思い込んだ。
たとえ友や家族を殺そうと、生きるために殺す事を決意した。
だからさらなる血を流す。
生きる為に剣を抜く。
敵を殺すのに感情は要らない。
ただひとふりの剣であればいい。
俺はこれでしか生きれない空っぽな人間なのだから。
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俺達は今、学園の入学式典とやらに来ている。この式典では様々な関係者が集まるらしい、らしいと言うのはリリーからまともに説明をうけていないからだ。俺の勘ではおそらくリリーもよくわかって無いとみえる。
そんな2人は制服に身を包み、壇上から聞こえる挨拶を何度も聞いている。
俺は気が気じゃない。
……いつ隣のお姫様が爆破するのか。
公爵閣下との約束がある以上、なるべく穏便に過ごさなければいけない。なんでも問題を起こせば事によっては退学処分があり、卒業どころの話では無いらしい。
つまり俺はこの気分屋の姫を制御しなければならない。
無理だ、どう考えても出来る事では無い。
チラリと横目でリリーを盗み見ると、彼女は明らかに苛立っている。姿勢こそ洗練された形を整えてるが、その表情とオーラはおおよそ普通の少女が表現できるものではない。
必死に頭を回転させる。
入る時に渡された進行表を見る限りこの式典はまだまだかかる、これは退出すべきか否か。
考えを膨らませている現在進行形で隣の爆弾は膨れ上がって行く。
小声でリリーに話しかける。
「姫、ここは退屈だ。外に出ないか?」
とりあえず無難な選択肢を選ぶ。
「そうね、行くわよアルス」
まるで図ったように間髪入れずに返答がくる。リリーはスタスタと歩き始め、俺はその後ろをついて行く。
すると後方から声をかけられる。
「君達どうしたんだい、具合でもわるいのか?」
舌打ちしたくなる気持ちを抑え男に返答する。
「あぁ少し気分がすぐれない」
……主に姫の。
「……そうか、医務室の場所はわかるか?」
「問題無い」
無論知ってるはずも無い、男の返答を待たずに姫を追う。
式典場をでるとリリーが口を開く。
「なにか面白い場所は無いのかしら?」
リリーが何を面白いと感じるか判らない俺には返答が出来ない。
「小腹が空いた食堂にでもいかないか?」
これが最高の一手だ、飯を食べれば20分は潰れる。式典はあと1時間程度だろう。それまでなんとか繋げれば俺の勝ちだ!
「お腹は減ってないわ」
おぅ。
「じ、じゃあ学園を回ろう」
「あてもなく私に歩けと?」
……ぐぬぬ。
「そんな事は……」
だめだ強すぎる、俺に制御できる相手ではありません公爵閣下。
「まぁいいわ、行くわよ」
おぉ!奇跡の気まぐれ!神に祈らずにはいられない。
「あんた……何やってんのよ」
「人生で初めて祈りを捧げてる」
「馬鹿な事してないで行くわよ」
「おう!」
気分良く背後をついていく、無論まだ今日一日を無事に乗り越えた訳では無い。油断はできないが、気を張ってても解決出来るものでも無いのも事実だ。
するとリリーが口を開く。
「アカリと仲がいいみたいね」
意外な質問だ。いち使用人の話がリリーの口から話題に出るとは思いもしない。
「あれが仲良いといえるのかね」
アカリは俺をからかっているだけだ。
「あの子が楽しそうにしてるのは珍しいわ」
あの子ね、いったいアカリは何者なんだ。
「俺にはいじめっ子としか思えんが……」
「手を出すんじゃ無いわよ」
とんでもない事を言い始める。数日前にアカリに同じ事を言われたのを思い出しうんざりする。
「ださねぇよ、俺をなんだと思ってるんだ?」
「男はけだものってアカリが言ってたわ」
あいつ何教えているんだ。
「その程度は弁えてる、屋敷で問題は起こさない、心配するな」
「そう、ならいいわ」
校舎を適当に歩いて角を曲がった時、窓から外を眺めると、魔術の訓練場に人が集まってる。
「あれは何かしら?」
「一般的な古代魔術だな。エレメントを重視した魔術だ、今では殺傷能力が低いために使われる事はあまり無い」
殺しに限った話ではあるが。
「詳しいのね、貴方はどこで戦闘技術を身につけたの?」
リリーの鋭い視線が突き刺さる。
「俺の産まれは田舎でな、魔獣の被害が多くていやでも身についた」
俺は反射的に嘘をつく、ここに来るまで良く使っていた設定だ。
「それを信じると思って?どうしても喋るつもりは無いて言うの?」
言葉のトゲが強い。
「お前の思い過ごしだ」
「なぜそこまで頑なになるの?」
「…………」
「今日限りで二度と言わないから聞きなさい。私は貴方がどんな人生をおくって来てたとしても否定するつもりも無いわ。たとえ神が罰しようと私が許すのだから、祈るのなら神ではなく私に祈りなさい」
心臓が暴れる。
俺は彼女に許されたいのだろうか。
リリーなら、くだらないと吐き捨ててくれるかもしれない。
口を開きかけた瞬間、身体が固まる。
あの日、殺した者達の顔が浮かぶ。そいつらが俺の口を強引に閉ざしてくる。
「っ…………」
言葉が出なかった。
一体何に恐れているんだろうな、生身の人間ならば意気揚々としている癖に亡霊に怯えるなど自分ながらに愚かな事だ。
「いつでも言いなさい、少なくとも私は味方なのだから」
彼女の苛立の表情は消え、悲しみすら感じさせる。
心配させているのだろう、人に心配されるなど久しぶりだ。リリーに申し訳なく感じ、罪悪感がつのる。
「ありがとう……リリー」
せめてもの感謝を告げると、リリーは優しそうに少し微笑む。
「さぁ行くわよアルス」
そう言ってリリーは歩き始め、俺はそっと彼女の後ろをついていく。その小さな背中が少し頼もしく感じた。
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