春風ひとつ、想いを揺らして◇◇◇文芸部

八重垣ケイシ

春風ひとつ、想いを揺らして


「おーい、ネタくれー」

「またか、お前、また先輩にオモチャにされてんのか?」

「いやまあ、俺も書くのに練習した方がいいのかも、とか」

「と、言いながらイジラれて喜ぶマゾに目覚めかけてるとか」

「そんなわけあるか。人を変態にすんな」

「あの先輩、美人だよなー。性格はアレだけど」

「性格はアレだけど、一応、俺のことを考えて直すとこは丁寧に教えてはくれるんだ」

「あー、ニマニマしながらお前を言葉責めしてるとこが浮かぶわ。で、今度のお題は?」

「『春風ひとつ、想いを揺らして』だと」

「これはまたポエミィな。春風か、難しいな」

「お? お前にも難しいのか?」

「あぁ、季節感を強調されると、無人島ネタが使いにくい」

「毎回、無人島に行かなくてもいいだろうに」

「じゃ、お前は春風と聞いたら何が浮かぶ? 思いつくもの言ってみ?」

「春風? 春風か、春風……、春風亭 昇太とか、五代目春風亭柳昇、とか?」

「落語家か。そっちに行くとは。じゃあ想いを揺らして、はどうなる?」

「落語家に恋したり、とか? つーか、落語を聞いたら想いなんていくらでも揺れんじゃねえか?」

「じゃ、あれだな。楽しみにしてた落語に行ってみたら、コロナウィルスで中止になったとか」

「あー、うん、揺れる揺れる、揺さぶられる」

「で、たまたま会った暇してる落語家に出会って、たった一人の客の為に一席やってくれたりとか」

「お、そいつはグラグラ揺れそうだ」

「お前の文芸部の先輩はそれで満足するか? こんなポエミィなお題を出しといて」

「そこなんだよなあ。落語家で、うーん。じゃ、これどうすりゃいいのかってのが」

「恋愛に絡めるにゃ、春に出会ったとか別れたとか、で、春の風がそれを思い出させる、なんてところか。ベタにすると」

「ベタというか、それだと広がらないというか、納まり過ぎてイマイチというか」

「だよな。じゃ、死体でも転がすか」

「いきなり死体って」

「物語の冒頭に死体を転がせってのは、ありがちだけど定番だから。春に殺人をした男がその死体を隠して、春になる度にそれを思い出す、なんてのはどうだ?」

「いきなりミステリーに?」

「その先輩の好みそうなラブかロマンスかをぶちこむには、そうだなあ。その男が付き合う女が、実は殺した女の妹だと、男はある日知ってしまう」

「おお、ドラマが始まりそう。春風で己の犯罪を思い出して、思い悩む男が、その面影を重ねた女が実は殺した女の妹だった。で、オチは?」

「そこはお前が考えろよ」

「いや、これはどう最後にハッとする感じに纏めりゃいいんだ?」

「んーと、じゃ、その男と女が新婚旅行に出て、その旅の途中に男は隠された事実に気がついてしまう」

「結婚した後に知るのか。うわ」

「新婚旅行、春風に揺れる豪華客船の上で、男は女の過去の話を聞く。姉がいなくなったことを」

「おお、そこで過去の罪が甦り男は苦悩するんだな。後悔と忘却できない罪の記憶に苛まれることになって」

「そして一際強く吹く春風に煽られて、豪華客船は遭難。流された二人がたどり着いたのは無人島だった」

「また無人島?」

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春風ひとつ、想いを揺らして◇◇◇文芸部 八重垣ケイシ @NOMAR

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