第6話 面接結果

「なるほど。前職は某レストランでキッチンをしてたと……」

「はい! 時間帯責任者もやっていました!」


 俺は淡々と面接を続けていく。

 うん、彼は採用だな。

 こちらが求めるニーズと応募者が求めるニーズが合致している。

 

「そうですか…… では採用結果は追って連絡します。今日はありがとうございました」

「はい! ありがとうございました! よろしくお願いします!」


 男性は元気よく一礼し、店を出ていく。

 一人目はあっさり終わったな。

 時間があるので履歴書に目を通す。

 岡本君か。彼はディナーの主力になってくれるだろう。

 しっかりトレーニングしてあげないとな。


 次の応募者が来るまで時間があるので、俺は坂東さんが面接しているシリラ(吉田さん)の様子を見ていることにした……のだが。


 担当の坂東さんが明らかに困った顔をしている。


「えーと……。もう一度聞きますけど、あなたは吉田さんなんですよね?」

「あばばばっ!? ち、違う! 私は偉大なる魔王の末娘! シリラ フォン ベルゼブブなるぞ! 人間よ! 頭が高い! 控えおろう!」


 ってシリラもアワアワしながら変なことを言っている。

 おい、昨日さんざん練習しただろ。

 なんでカンペ通りに答えないんだよ。


 しかし坂東さんも百戦錬磨の店長でもある。焦りながらも面接を続けていく。


「は、はぁ。では吉田さん、あなたはなぜこのレストランで働こうと思ったのですか?」

「ど、どういうことだ?」


「志望動機を聞きたいのですが……」

「わ、私のことを知りたいと!? 駄目だ! 王族に関する情報は秘匿事項なのだー!」


 こりゃ駄目だな。

 恐らくシリラは緊張のあまり我を失っているのだろう。

 訳の分からんこと言い始めた。


「私は何も喋らんぞ!」


 アホか。それじゃ面接にならないだろ。

 俺だったらこんな応募者が来たら適当に面接を済ませてとっとと追い出すところだが。


「ごほん……。あはは、吉田さんは面白い人ですね」

「お、面白いだと!? 馬鹿にしているのか!? くっ! 殺せ!」


 なんか顔を赤くしている。照れてんのか?

 それにしても殺せ!って。

 女騎士かよ。お前は魔王の娘だろ。


「少し話題を変えましょう。吉田さんはどんな食べ物が好きですか?」


 おぉ、アイスブレーキングだ。

 敢えて違うことを話題に持ち出し、緊張を解すのだ。

 さすが坂東さん。こんなアホな応募者にもキチンと対応している。


「お蕎麦だ! む? 貴様、私を油断させておいて、手込めにするつもりか? そ、そんなことはさせん! 食らえ!」


 シリラは坂東さんに向け手を伸ばし、謎の呪文を唱え始める。


【オレミウス オレミウス オレミウス! 地獄の業火ヘルファイア!】


 ――シーン……


 何も起こらず。

 微妙な空気が流れる……。


「そ、そんな……。しまった! パパに魔力供給を止められてるんだった!」


 っていうか、魔力があったら坂東さんを殺す気だったんじゃ……。

 魔界にいるシリラのお父さん、あなたがしたことは正しかったのかもしれませんね。


 半笑いの坂東さんと泣きそうなシリラ。

 このまま面接は続くのだろうか?


 ――ニョキニョキッ


 ん!? シリラのオデコから変な角が生えてきた。

 どっかで見たことあるなー。


「ふぇ~ん、人間怖いよ~。ママ助けて~」


 とシリラが泣き出したところで……。


 ――プーンッ


 ん? な、なんか香ってくる……。

 く、臭い! なんだこの臭いは!?


 突然店舗は異臭に包まれる!?

 臭いはシリラの角から出ているようだ!


「げほぉ! げほぉ!? はぅ……」


 ヤバイ! 近くにいた坂東さんが気絶した!

 取り合えずシリラに落ち着いてもらわねば!

 俺は鼻を押さえながらシリラに駆け寄る!


「お、落ち着け! 取り合えずその角を引っ込めろ!」

「寄るな! ふぇ~ん、人間怖いよ~」


 とシリラは泣きながら異臭を放ち続けた……。

 

 しょうがないので、俺は坂東さんを休憩室に避難させ、応募者に面接の時間をずらしてもらうようお願いするはめになったのだ……。


◇◆◇


 ――バタンッ バタンッ


 店の窓を全て開けて、しっかりと換気する。

 ふー、死ぬかと思ったわ。

 相変わらず板東さんは気絶したままだ。


 今のうちに泣き止まないシリラをなんとか落ち着かせなくては。


「シ、シリラ。ちょっと話さない……って臭ぇ!?」

「ふぇ~ん。もういや~。失敗した~。面接落ちた~」


 なんて泣きながら頭から生えた角から異臭を放ち続けるんですけど。

 俺は鼻を押さえながらシリラに話しかける。


「こら泣くなって。仕方ないな……。俺が面接の続きをするよ。落ち着いて答えるんだ。なんでここで働きたいって思ったんだ?」

「ぐすん……。生活費が足りなくて……。で、でも未経験でも一生懸命働きます! やる気は誰にも負けません!」

  

 それをさっき言って欲しかったなー。

 俺は別に経験云々は重視しない。

 この子となら一緒に働いていいかな?というインスピレーションを頼りに採用を進めるのだ。

 魔王の娘というちょっと不思議な経歴の持ち主だが、新規オープンということで人手は足りないはずだ。


 ――スッ


「え? これは?」

「契約書です。こちらに記入をお願いします。吉田さん……いやシリラ。採用おめでとう」


 ――パァァッ


 泣いてたシリラの顔が笑顔に変わる。

 ふふ、やっぱり女の子は笑顔のほうがいいよな。


「ま、前島さん! ありがとうございます!」

「ははは、その代わり一生懸命働くんだぞ」


 そんな感じでシリラの採用を進めることに。

 契約書を記入しているところで……。


「うーん、一体何が……」


 あ、板東さんが起きてきた。

 俺がシリラの経歴を進めていることに気づいた板東さんは小声で話しかける。


「採用したんですか? あの子、ちょっとヤバいですよ……」

「ははは、普通ですよ」


「いや普通じゃないですよ。なんか魔王とか魔族とか言ってましたし」

「板東さん、ここは◯橋区ですよ? 池袋が近いでしょ? 乙女ロードもあるしとらのあなもある。きっと中二病が多い区なんですよ」


「えぇ……? ま、まぁそうかもしれないけど」


 ちょっと◯橋区と池袋をディスッてしまったかもしれんが、なんとか納得してくれた。


 応募者全員の面接を終え、俺は店の鍵をかけて家に帰ることに。


「あ、あの……。さっきはごめんね……」


 後ろを振り向くとシリラが立っていた。

 もしかして俺のことを待ってたのか?

 

「いいさ。どうだ、一緒に帰るか?」

「うん……」


 二人で歩きながら駐車場まで向かう。


「そういえばさ、あの匂いって何?」

「あれ? ベルゼブブはね、ピンチになったら角が生えるの。そこから臭い匂いを出して敵を撃退するんだよ」


 青虫かな? 

 とにかくシリラを焦らせてはいけない。  

 営業中に角を出したら店はパニックになるぞ。


 母さん、今日俺は魔王の娘を採用しました。

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