第10話 とらのあなにて

「うふふ……」

 

 シリラが不気味に笑いながら俺の手を握る。

 でもちょっと気持ち悪い。

 手汗びっしょりだし。

  

 こいつは人間ではない。 

 魔族でありゼルゼブブの娘なのだ。

 蝿の魔王の手から出る液って本当に汗なのだろうか?

 衛生的にちょっと心配。


「ふっしぎなふっしぎな池袋ー♪」


 なんて歌を歌いながらシリラはご機嫌であった。

 さて、とらのあなってどこにあるんだっけ?

 東口だったかな?

 

 そのまま駅を出てサンシャイン通りに向かう。

 その道中、通り過ぎる若者からこんな声が……。


「うわぁ、あの子、めっちゃ可愛くねぇ?」

「銀髪だ。ロシアの子かな?」

「はぁはぁ……。はぁはぁ……」


 なんか最後に荒い息遣いが聞こえてきたが、無視しておこう。

 こいつは傍目から見たらかなりの美人らしい。

 俺はシリラの痛い部分を知っているからあんまりそうは思わないけど。


 しかしなんでまたシリラはとらのあなに行きたいのだろうか? 

 疎い俺でも知ってるぞ。オタク系のグッズが揃ってるんだっけ?


「そんな趣味あったっけ?」

「ちちち、違うの!? 実はお友達のお土産に……。び、BL本が欲しいっていう子がいて……」


 魔界でも腐女子がいるんだなぁ。


「あのね、一番の仲良しの腐美ちゃんのリクエストで……」


 腐美って。


「もしかしてゾンビ?」

「なんで分かったの? ふふ、きっと腕を落とすくらい喜んでくれるはずだよ」


 本当に腐女子だった。

 心も体も。

 うん、趣味はそれぞれだから何も言うまい。


 そして何となく分かったことがある。

 類は友を呼ぶという言葉だ。

 BL好きの腐美と友達ということはきっとシリラも好きなんだなぁ……。


 確かハンズの近くにとらのあなはあったはず。

 シリラはお目当ての場所に到着したのではしゃいでいた……んだけど。


「それじゃ行ってくるねー! BL本は四階……。ぐえっ!?」

「シリラ、ちょっと待つんだ」


 走りだそうとするシリラの服を掴む。

 すると勢いが良かったのか喉を詰まらせてしまった。


「ご、ごほんごほんっ!? な、何すんのよ!」

「…………」


 答えられなかった。

 なぜならとらのあなから妖気を感じるからだ。

 むしろ俺が気づいてシリラが気づかないとは。 

 お前、魔王の娘だろ?


「え? そ、そういえば少しだけど魔力の淀みを感じるね」

「だろ? おそらくこの中には人ではない何かがいる」


「う、うん。それじゃ気をつけて進まないと」

「行かないという選択肢は無いのか?」


「嫌よ! 行きたくて仕方なかった私の聖地だもの! 絶対に行くんだから!」

「分かった分かった。だから角をしまえって」


 興奮し過ぎたのかまたシリラのおでこから角が生えてきた。

 俺は警戒しつつ階段を登っていく。

 通り過ぎる男性客はシリラを見て「なんで女連れで来てんだよ……」って目をしてて、居心地が悪かった。


 いや、こいつ彼女じゃないんで。

 誤解しないで頂きたい。

 そんなことを言えるはずもなく、俺は目的地である四階に到着した。

 しかしお客さんはあまりいないようだな。

 まぁ平日のお昼前だしねぇ。


 っていうか、初めてBLってのを見てみたけど、結構表紙からエグいのとかあるのね。


「ま、前島さん、ちょっと見ててもいい?」

「うん。でもなんか妖気が強くなってるから気をつけてな」


 おそらく四階に何かがいる。

 普段見ているような幽霊とは違う未知なる存在を。

 一方シリラは顔を赤くしつつサンプル本を見てはBL本をかごの中に入れているんだけど。


 そしてシリラが一冊のBL本に手を伸ばした時!


 ――パシッ パシッ


 シリラと同時にBL本を掴むお客さん……いや、なんかシリラ以上にハレンチな格好をした女の子がいるんですけど。

 黒いハイレグ水着みたいな服着て、背中からコウモリみたいな羽が生えてる。

 

「ん? んん!? シ、シリラ!? なんであんたがここにいんのよ!?」

「いいっ!? そ、それはこっちのセリフよ! まさかあんたに会うことになるなんて……」


 ん? お知り合いですか?

 シリラに小声で聞いてみる。


「友達?」

「ちちち、違うから! この子はサキュバス族の女王の娘でアーニャっていうの! 昔っから何かと突っかかってくるの! こんなのが友達だなんて失礼だよ!」


 とりあえず幼なじみなのは分かった。

 二人が魔界で上手くいってないこともな。

 しかし何故サキュバスたるアーニャがここでBL本など買っているのだろうか?


 とりあえずBLフロアにはあまりお客さんがいなかったので俺が話をしてみることに。

 シリラはブツブツ言いながらもBL本を物色し始めた。


「あのー。君も魔界から来たの?」

「え? な、なんでそれを!? 私の姿が見えるの!?」


 どうやらこの子……アーニャも幻術を使っているらしい。

 他の人間にはこの子が普通の人間に見えているのだろう。

 だが俺には通用しないみたいだな。


 母さん、なんか池袋に魔族がいました。

 東京とはこういったところなのでしょうか?

 

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