第4話 買い物

 ――ドンドンッ ドンドンッ


 ドアを乱暴にノックする音で目が覚めた。

 何だよ、インターフォン使えよ……。

 ムカついたので、二度寝を決めこもうと布団を被るが……。


『ちよっとー! いるんでしょー! 分かってるんだからー!』


 とドア越しに騒ぐ女の声。

 この声は俺のお隣さんであり、地獄の魔王ベルゼブブの末娘、シリラの声だ。


 朝から五月蝿いな。蝿だけに。

 なんてことを考えながらドアを開ける。

 するとシリラは相変わらず退○忍みたいな服を着て、なぜか泣きそうな顔をしていた。


「うぅ、なんですぐに起きないのよぅ」

「知らんよ。っていうか、いつからそこにいたんだ?」


「二時間前」

「怖えよ」


 なんでそんな前からドアの前に?

 シリラの話では俺の部屋のインターフォンは壊れてるらしく、何度も押したが俺は起きなかったと。

 なら電話してくれれば……って、そういえば電話番号を教えるの忘れてたな。


 俺はスマホと取りだし、電話番号を教えようとするが……。

 そういえば俺の電話ってこいつのスマホに通じるのか? 魔界のスマホだろ?


 シリラに聞いてみると……。


「大丈夫だよ。だってこれドコーモのスマホだもん」

「大手だな」


 何でも魔界では死んだ技術者が重宝されているらしい。最近ではスティーブン・チョピスのスマホが大流行で、手に入れるのが難しいとかなんとか。


 魔界のスマホ事情を聞きつつ、電話番号を交換する。なぜかシリラは焦ったような、そして嬉しそうな顔をしているのだが。


「か、勘違いしないでよね! べ、別に嬉しくなんかないんだから!」

「何が?」


「で、でもちゃんと繋がるかな……? 一度かけてもいい?」

「いいよ」

 

 シリラは何故か嬉しそうに発信ボタンは押す。

 着信ランプが点滅し、聞こえてきたのは着信音……ではなかった。


【おぉぉぉぉぉんっ! ぎしゃぁぁぁぁっ!! 憎い…… お前が憎いぃっ!】


 怖い……。なぜ俺のスマホからこんな着信音が?


「うふふ、繋がったね」

「おい、この不気味な着信はどういうことだ?」


「え? 普通でしょ? 魔族同士に着信はいつもこんな感じだよ」


 普通じゃねえよ。

 ヤバイな、こいつからは極力電話させない方がいい。

 よし、こいつと連絡を取るときはRainにしよう。


 今度はRainのIDを交換する。

 だが似たようなものだった。


【死ぬぅ! 死ぬぅぅ!】


 俺のスマホが謎の着信音を鳴らす。

 なるべくこいつと連絡を取るのは止めよう……。


 戦慄の電話番号交換を終えたわけだが、本題に入ってなかった。

 まだ朝の九時。なぜ彼女がここに?


「どうしたんだ?」

「うぅ、助けて欲しいの……」


 シリラは目を潤ませ、背中に生えている羽がションボリと項垂れる。

 地獄の魔王の娘が俺に助けを?

 これはただ事ではない……と思ったが、大したことじゃなかった。


 ――グゥ~


 聞こえてきたのは腹の虫。

 

「あ、あのね、悪いんだけど……」

「…………」


 こいつって料理出来ないのか?

 そういえば昨日一緒に蕎麦食ったな。

 俺が作ったんだけど。


 まぁしょうがないか。

 知り合ってしまったわけだし、腹ペコの相手を無視するわけにもいくまい。


 俺は台所に向かい、流しの三角コーナーに捨ててある長ネギの尻尾をシリラに渡す。


「これは?」

「いや、食い物だよ。お前蝿だろ?」


 ――ウルルルルッ ブワッ


 シリラの目から涙が溢れだし、しゃがみこんで泣き出してしまった。


「ふぇ~ん、前島のぶぁか~。苛められた~。蝿と一緒にされた~」


 い、いかん。何とか泣き止ませないと。

 

「な、泣くなって。悪かった。何か作ってやるから」

「うぇぇ~ん。なら昨日のお蕎麦が食べたい~」


 蕎麦? 朝から蕎麦はなぁ……。

 それに今俺の家の冷蔵庫の中は空だ。

 だって昨日引っ越してきたばかりだし。


 しょうがないか。


「おい、買い物行くぞ。付き合え」

「ぐすん……。買い物?」


 ぐずるシリラを連れて買い物にいくことに。

 近くにはスーパーがあるのだ、

 オーライという安さと高品質が売りの素晴らしいスーパーだ。

 このスーパーがあるところが、俺がこのアパートを選んだ一つといってもいい。


 二人で開店したてのオーライに入る。

 そういえばシリラって水着みたいな服着てるけど、変質者に思われないだろうか?

 心配だな……。


「んふふ、大丈夫だよ。魔法を使って普通の人には日本人に見えるようにしてあるから。っていうか、私の正体を見破るあんたが異常なのよ」

「なるほどね。それじゃ朝ご飯の材料をっと。シリラ……いや吉田さん、苦手な物はあるか?」


 一応日本名で訊ねる。

 他の人から見ればシリラは日本人に見えるらしいからな。

 きっと幻術とか使っているのだろう。

 俺の言葉を聞いた吉田さん……いや、シリラは驚いた顔をしていた。

 

「ご、ごめんなさい……。私、人間のこと誤解してたかも」

「誤解? 吉田さんは人間のことをどう思ってたんだ?」


「もっと怖い種族だと思ってた。一応学校で人間の世界を勉強したから。私達の名を使って戦争とかしてたんでしょ? でも前島さんは違うね」

「そうか? 普通だろ」


 ちょっと誉められた気がして嬉しかった。

 ふふ、魔王の娘とはいえ美人に誉められるのは嬉しいものだ。

 せっかくなので朝ご飯は豪勢なものにしてやろう。

 

 俺はシリラに買い物かごを渡す。


「ほら。好きなものを入れてきてくれ」

「え? す、好きなもの? 私、人間の食べ物ってよく分からないけど……本当にいいの?」


 別に二人で食うだけだし、大して高くならないだろ。

 それにオーライというスーパーはお手頃価格が売りなのだ。


 シリラに買い物を任せて、レジ前で待つこと十数分……。


「前島さーん」


 とシリラが俺を呼ぶ声がする。

 振り向くとそこには。


 ――ドォォォーンッ


 そんな擬音が聞こえてきそうなほど、かご一杯に食材が詰められていた。


 い、いやな、好きなものを持ってこいとはいったが、今から食べるのは朝食だし。

 ほら、特売とはいえ、分厚い和牛のステーキ肉とか必要無くない?


 俺の雰囲気を察したのか……。


「駄目?」

 

 とシリラは俺を見つめる。

 ぐぬぅ、言い出しっぺは俺だし……。

 

 はぁ、しょうがないか。

 俺はかごを受け取り会計を済ませる。

 全部で一万五千円以上した。


 その日は朝から和牛のステーキを食べることになった。

 めっちゃ美味かった。 


 母さん、朝からステーキは食べるものじゃないですね。胃がもたれました。

 シリラは三枚のステーキを平らげてました。


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