第8話 見学
「いらっしゃいませー」
フロアではシリラの明るい声が響く。
ほうほう、中々板についてきたじゃないの。
「香ちゃーん。会いにきたよー」
「あ、おじいちゃん、また来てくれたんだね。こっちの席へどうぞー」
いいねー。ちょっとマニュアルとは違う言い回しだが、それがお客さんに受けている。
シリラ……いや吉田さん目当てに来てくれるお客さんもいるようだ。
彼女は元気で接客の質も高い。
そしてシリラ自身楽しんで仕事をしているのが高ポイントだ。
さて、忙しかったランチの時間は終わる。
従業員の休憩を回さねば。
「シリ……いや吉田さん。休憩だよ」
「はーい。店長、今日はちょっと外に出ますね」
あれ? いつもは休憩室でごはん食べるのに。
ちょっと話を聞いてみると、どうやら自炊を始めるのでスーパーに行くそうだ。
へぇ、中々偉いじゃないか。
「えへへ、今度いつものお礼に何か作ってあげるね」
うーん、一応上司部下の関係だからな。
しかし彼女の好意を無下にするわけにはいかんだろ。
でもシリラはベルゼブブ、蝿の魔王の娘なのである。
レストランの店長が蝿の作ったものを食べてお腹を壊したとしたら洒落にならんぞ。
「今失礼なこと考えてなかった?」
「ナンノコトダロウカ。ほら、早く行ってきな」
シリラは着替え店を出ていった。
さて、アイドルタイムなので今度は俺がフロアに出て接客をしなければ。
このレストランは二階にある。
階段を昇ってくるお客さんが見えたので、前もってドアを開けて待っている……んだけど。
階段を昇ってきたのはお客さんなんだろうか?
なんかシリラそっくりな美人さんが入ってきたんですけど。
背中に羽とか生えてるんですけど。
「い、いらっしゃいませ。あ、あのシリラのお母さんですか?」
「え? 私の姿が見えるのですか? あ、もしかしてあなたが前島さんかしら? 娘がお世話になっています。魔界から来ましたフィオナ フォン ベルゼブブと申します……」
まさかのシリラのお母さんがやって来た。
これはどうするべきなのだろうか?
とりあえず席に案内することにした。
「あの、もしお時間がありましたら少しお話を……」
「えぇ、もうすぐ休憩なので。すぐに席に向かいますから」
キッチンに戻り、俺の休憩時間を前倒しさせてもらうことにした。
スーツに着替え席に向かうとシリラのお母さんはドリンクバーの前で楽しそうにはしゃいでいる。
「す、すごい! 色んな飲み物がこの機械一つから出てくるなんて!」
楽しそうだなぁ。お母さんはニコニコしながらオレンジジュースとコーラを混ぜたあんまり美味しくなそうな色をしているミックスジュースを持ってくる。
さて、それでは何故彼女がここにいるのかを聞いておかないと。
「はい。実は主人の目を盗んで
「様子を見にきたんですね?」
「そうなんです。そして私からも魔界に戻るよう説得しようと……」
んー、娘を心配する親心は理解出来るけど、実際今のシリラは店にとっても戦力だしなー。
今シリラに抜けられると困るのは俺だ。
「良かったら少し様子を見ていきませんか?」
「む、娘はここにいるのですよね? あぁ、あの子ったら心配ばかりかけて……。前島さんにご迷惑をおかけしていないでしょうか?」
「もうすぐシリラさんは戻ってきます。働く彼女の姿を見てあげて下さい」
そう言って俺は仕事に戻ることに。
シリラはフロアにお母さんがいることに気付いていないようだ。
「店長ー。戻りましたー」
「あ、あぁ。吉田さん、ちょっといいかな?」
二人で休憩室に向かい、何があったのかを話すことに。
「え!? ママが来てるんですか!?」
「そうなんだ。とりあえず話は仕事の後にしよう。これからディナーピークだからな」
今日は俺とシリラの二人が主力となってフロアを回す。
金曜日の忙しい夜だ。
ディナータイムになると続々とお客さんが入店してくる。
「いらっしゃいませー!」
「香ちゃん、またきたよー」
「いらっしゃいませー!」
「お姉たーん。今日はハンバーグ食べるんだよー」
年配のお客さん、子供連れのお客さん。
シリラは笑顔で席に案内する。
心から接客を、自分の仕事を楽しんでいる顔をしていた。
そしてシリラはお母さんの席に呼ばれ注文を取りに向かう。
「お待たせいたしました……」
「シリラちゃん……」
二人の様子を見ると、少し緊張を感じられた。
「お、お勧めは?」
とお母さんが聞くとシリラはにっこり微笑んで。
「カルボナーラです! すごく美味しいんです! 特に店長が作るカルボナーラは絶品なんです!」
――ポロッ
お母さんの目から涙が溢れた。
娘の成長を喜ぶ親の涙なのだろうか。
シリラはお母さんから注文を取り、カルボナーラを運ぶ。
お母さんは笑顔で娘の働く姿を見続けていた。
◇◆◇
「店長、お疲れ様でしたー! 吉田さんも気をつけてねー」
「はいよー。お疲れー」
「岡本君、ばいばーい」
仕事を終え、俺達は店を出る。
お母さんは会計をする時に近くの喫茶店で時間を潰していると言っていた。
喫茶店の前に向かうとお母さんは外で娘のことを待っていた。
「シリラちゃん!」
「ママ!」
――ギュッ
久しぶりの親子の対面を楽しむ。
とても微笑ましい光景だがやはり心配だ。
お母さんはシリラを魔界へ、そして里心がついたシリラもまた魔界に帰りたいと言うのではないかと。
お母さんはシリラを抱きしめたまま娘の頭を撫でる。
「安心したわ。しっかり頑張ってるのね?」
「うん……。ごめんねママ。あのね、私、もう少しだけ日本にいたいの……」
「そう……。なら私から言うことはないわ」
そう言ってお母さんは俺の前に立つ。
っていうか今さらだがお母さんもシリラみたいな退◯忍みたいな服を着ているので、すごく目に毒だ。
「前島さん、娘をお願いします……」
と言って頭を下げた。
「いえいえ、シリラさんはもう大切な従業員ですから。自分も彼女ともっと一緒に働きたいと思っています」
そう言うとシリラの顔が赤くなった。
その後は簡単に世間話をした。
お母さんはもう魔界に帰るそうだ。
最後に二人はしっかりと抱き合う。
「シリラちゃん、ちゃんと電話するのよ」
「うん……」
――ブゥンッ
お母さんは
シリラはちょっと泣いていたが、すぐに笑顔になる。
「ふふ、やっぱり少しさみしい。でもね、もう少しここで働きたい。前島さん、これからもよろしくお願いします!」
「ははは、もちろんだ。それじゃもう遅いし……。特別に乗ってくか?」
久しぶりにバイクの後ろに乗せていくことにした。
駐輪場に向かう時にシリラはとあることに気づいた。
「あ、これね。ママが前島さんにって」
「へー。お土産かな?」
シリラの手渡してきたのはお饅頭だった。
先に中を見てみようと箱を開けると……。
――ウニョウニョ
なんか動いてるんですけど。
虫っぽいんですけど。
「これは?」
「蛆饅頭。魔界の名物なんだよ」
――ポイッ
「なんで捨てるのよ!」
「食えるか!?」
母さん、お饅頭は普通のものが一番美味しいですよね。
結局蛆饅頭を拾わされて後で食べることになりました。
普通のお饅頭でした。動いてるけど。
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