お隣さんはベルゼブブ(雌)

骨折さん

第1話 吉田さん

「前島さーん! 荷物、全て搬入しました! これで終わりです!」

「はい、ご苦労様でした」


 引っ越し業者さんは俺に報告を終えると、早々に引き上げていった。


「さてと……。片付けは面倒だから、明日でいいかな」


 ――プシュッ


 缶コーヒーのプルを開け、ゆっくり飲み始める。

 ここが新しい俺の家になるのか。

 まぁ、1LDKの狭い部屋だ。必要最小限の物しか持ってこなかった。


 一服するため、俺はベランダに向かう。


 ――ガラガラッ


 タバコを取りだし、火を付ける。

 ここは三階であり、このアパートの最上階。

 上の住人に気を使うことなくタバコが吸えるわけだ。


「ふー…… あ、やべっ」


 タバコを吸い終える時に気付いた。

 お隣さんはタバコは大丈夫だろうか?

 ベランダで吸うから洗濯物に匂いが付くと苦情があるかもしれん。


 先に挨拶しとけば良かった。

 俺は部屋に戻り、熨斗でくるんだ引っ越し蕎麦を取り出す。

 

 大屋さんの情報だと、現在二階に住人はおらず、一階はコンビニになっている。

 今このアパートに住んでいるのは俺とお隣さんだけらしい。


 引っ越し蕎麦を持って、俺は隣の部屋に向かう。

 おや? 表札に名前が書いてあるな。


【吉田 香】


 女性か。しまったな。

 やはりタバコを吸う前に挨拶しておけば良かった。


 後悔先に立たず。

 俺はインターフォンを押す!


 ――ピンポーンッ


『はーい、どなたですかー?』


 おぉ、可愛い声だ。

 どんな方なのだろうか?

 少し期待しつつ、俺はインターフォン越しに挨拶をする。


「今日引っ越してきました前島と申します。挨拶にきました。つまらない物ですが、引っ越し蕎麦を持ってきましたので、よろしければ……」

『はーい、今開けますねー』


 良かった。声のトーンは明るいから俺がベランダでタバコを吸っていたことは知らないようだ。

 お隣さんだし、今後ベランダで喫煙していいか、許可も得ておこ……。


 ――ガチャッ


 ドアが開く。

 第一印象は大事だからな。

 精一杯の笑顔で……?


 ん? 

 んんっ!?


「こんにちはー。前島さんですね? あれ? 前島さん、どうしました?」


 い、いや、どうしましたじゃないよ……。

 だって出てきたのはさ、日本人とはかけ離れた容姿であり、褐色の肌を持つ銀髪碧眼のハイパー美人だ。

 

 しかも着ている洋服が普通ではない。

 ピッチピチのタイツ……というか、ほとんど水着だ。

 しかもかなりきわどいヤツ。

 バストのラインはくっきり。かつハイレグだ。

 これだけでも充分おかしいのだが、更に輪をかけておかしな点が。


 ――ワサワサッ パタパタッ


 羽だ。

 彼女の背中から六枚の羽が生えているのだ。


 レイヤーさんですか?

 そ、そうだ! きっとそうなのだ!

 この美人さんは吉田さんではなく、吉田さんのお友達の外国人レイヤーさんだ!

 

 なんだ、人の悪い。

 俺は真のお隣さんである吉田さんを呼び出してもらうように目の前の美人レイヤーに話しかける。

 

「あ、あの、すいませんが、吉田さんに挨拶にきたのですが……」

「はい、私が吉田ですよ」


 いやいや……。

 どう見ても外国人美女レイヤーにしか見えないあなたが吉田さん? 

 吉田感ゼロじゃん。


「はは。ご、ご冗談を……。ごほん、あなたは吉田さんのお友達ですか? ご本人は留守なんですね?」

「いえ、私が吉田です」


 えー? これはどういうこと?

 ま、まぁ、百歩譲って彼女が吉田さんだとしよう。

 しかし、真っ昼間からコスプレをしつつ、かなり破廉恥な格好で来客に応じるとは。


 いや、東京ではこれが普通なのかもしれない。

 うん。都会だもん。きっとそうだ。

 俺は自分を無理矢理納得させ、挨拶の続きをすることに。


「そ、そうですか……。ごほん、失礼しました。改めまして、隣に引っ越してきました前島と申します。これはつまらない物ですが……」

「あらあら、ご丁寧に。そうだ! 私、これからお茶の時間なんです! よかったら前島さんもいかがですか?」


 いきなり!? と、東京の娘さんは積極的だな!

 ま、まぁ、お隣さんだし、これから仲良くしなくちゃならん。それに喫煙の許可も取りたいし。


 せっかくなのでお誘いを受けることにした。

 

「どうぞー。何も無い部屋ですけど」

 

 俺は吉田さんの部屋に通される。

 部屋の作りは一緒のはずだが……。


 んん? あ、あれ? 

 なんだ? 何故か目の前には六畳一間のリビングでは無く、二十畳はあろうかという大きな部屋が……。

 どういうことだ? 


 ――ガチャッ


 突然ドアの閉まる音が。

 振り向くと、吉田さん(仮)がドアを閉め、ゆっくりと振り向く。

 その顔は不気味な笑顔で歪んでいた……。


「く、くふふ……。あなた見えるんでしょ? 私の本当の姿が……」

 

 え? な、何を言ってるんだ?

 俺の動揺を無視するように彼女は言葉を続ける。


「そうよ、私は吉田 香ではない……。私の名はベルゼブブ。シリラ フォン ベルゼブブ! 地獄の魔王の末娘なのよ! 人間よ! 我の前にひれ伏すがいい! って、んきゃあっ!?」


 ――シュー シュココー


 俺は咄嗟に部屋にあったキン○ョールを彼女に向け、噴霧し始める。


「きゃー! だめー! キン○ョールは止めてー!」

 

 すごく効果的みたいだ。

 ベルゼブブって蝿の神様だろ?

 吉田さん(仮)は床に倒れピクピクと痙攣し始める。


「お、おのれ人間……。まさか私が人間ごときに破れるとは……」

「よく分からんが、自分の弱点でもある殺虫剤を近くに置くなよ。と、取り合えず挨拶は終わったし、これで失礼します……」


 俺は吉田さんことベルゼブブを置いて部屋を出ようとするが……。


 ――ガシッ


 ズボンの裾を掴まれる?

 下を見ると吉田さんが涙を流しながら俺を見上げていた。


「ま、待ちなさい……。私を辱しめたことを後悔させてやるわ……。って、キン○ョールを向けないでー!」


 吉田さんはブルブルと震え始める。

 ちょっと可愛そうになってきたな。


「まだ何か?」

「…………」


 吉田さんことベルゼブブは床に落ちている引っ越し蕎麦を指差す。


「あ、あれの食べ方を教えてちょうだい……」

「え? べ、別にいいけど……」


 なんかこの後二人で引っ越し蕎麦を食べることになった。


 母さん、東京は怖いところです。

 お隣さんが魔王の娘さんでした。

 

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