【最終話】063 遊薙さんと桜庭くん


「おい! 碧人あおと!」


 遊薙さんと正式に付き合うことになってから、一週間が過ぎた。


「ああ、和真かずま。久しぶりだね」


「久しぶり、じゃねぇよ!」


 放課後の教室で、和真は喚くように叫んだ。

 相変わらず、一人でも賑やかだ。


「お前、遊薙ゆうなぎさんと付き合ってるって、ホントなのかよ……!?」


「ホントだよ」


 僕が答えると、和真はポカンと口を開けて、目を瞬かせていた。

 無理もない。

 以前の僕が聞けば、きっと彼よりも驚いていたはずだ。


「……え、マジで?」


「うん。マジ」


「……」


 僕らは付き合っているということを、隠さないことに決めていた。

 ただでさえ向き合わないといけない問題が多いのに、秘密まで抱える余裕なんて、僕らにはなかったからだ。

 それに、隠すのはもうこりごりだった。


 交際関係を明かした時は、学年中が大混乱になった。

 それもそのはずで、少し前に付き合っていると判明した二人が、そのあとすぐに別れたと思ったら、今度は復縁したなんて言い出したのだ。

 しかもその当事者にあの遊薙さんが含まれているとなれば、大騒ぎになるのは目に見えていた。


 僕と遊薙さんも説明に苦労したし、騒いでいたみんなも理解するのに苦労したと思う。

 数日間はいろんな人たちに囲まれていたので、和真も今になってやっと尋ねに来たのだろう。


「……ただの友達とかじゃなくて?」


「友達なら、あんなに一緒にいないでしょ」


「……」


 和真は呆然とした表情で、フラフラと去っていった。

 申し訳ないけれど、時間をかけて受け入れてもらうしかない。


「桜庭くん」


 カバンを持って立ち上がったところで、次は白戸しらとさんに声をかけられた。

 どうやら、和真との会話が終わるのを待っていてくれたらしい。


「どうしたの?」


静乃しずのが、先に昇降口で待ってるって。メッセージ来てると思うよ」


「え、ああ、ホントだ。ありがとう」


 遊薙さんの教室で合流することになっていたけれど、どうやら予定が変わったらしい。

 メッセージによると、急な用事で職員室に行ったので、そのまま下駄箱にいるとのことだった。


 僕は白戸さんと二人で、一緒に昇降口を目指した。

 階段を降りていると、不意に彼女が口を開く。


「それにしても、よかったね、改めて」


「……そうだね。その節は、大変お世話になりました」


「ホントにね」


 言って、白戸さんはクスクス笑った。

 いつもクールな彼女も、僕たちをからかう時はこうして表情が明るくなる。


「最近、静乃がとにかく浮かれててね。毎日うるさいんだ。桜庭くんがー、桜庭くんとー、って」


「それは……まあ、許してあげてくれませんか」


「べつにいいんだけどね。ただ、桜庭くんは落ち着いてるのに、って思ってさ」


「……そうでもないかもよ」


「え、そうなの」


「かもね。かも」


 僕はそれ以上の追求を避けるように、階段を急ぎ足で降りた。


「あ、桜庭くーん!」


 昇降口では、遊薙さんが先に靴を履き替えて待っていた。

 はしゃいだようにこちらに手を振り、ニコニコ笑っている。


「ごめん、お待たせ」


「待ったー!」


「だから、ごめんってば」


「バツとして、手を繋いで帰ってもらいます!」


「仕方ないね。じゃあ白戸さん、僕の手をどうぞ」


「あーっ! ダメ! 私とね! 私と!」


 そう言って、白戸さんの方へ差し出した僕の手を、遊薙さんが掴んだ。

 普通に少し痛い。


「ちょっと。バカップルの漫才に巻き込まないで欲しいんだけど」


「えへへ、ごめんね」


「バカップルは否定しないんだね」


「否定できないもーん」


 遊薙さんは心底楽しそうだった。

 正直バカップルと言われたのは心外だけれど、考えてみれば反論する材料もあまりないので、僕は黙っておくことにする。

 それに下手に否定したら、言い負かされたときのダメージが尋常じゃなさそうだし。


「じゃあ華澄かすみ、私たちこっちだから」


「どうぞ、ごゆっくり」


「またね」


 校門の前で白戸さんに手を振って、僕らは駅前を目指した。

 今日はこれから、どこかのお店で二人で話し合いだ。


「だからね桜庭くん、私は最低でも週一回は会いたいの」


「僕は今は、そんなに会いたくないな。気になってる小説が多くてさ」


 僕らは結局、どちらからともなく手を繋いで歩いた。

 話題は、これからの付き合い方について。


「じゃあ、私が放課後に桜庭くんの家に行くのは? で、桜庭くんは本を読んでてもいいから、一緒にゆっくりするの!」

 

「いやぁ、でもそれじゃあ、なんだか申し訳ないよ。たぶん僕、ホントに本ばっかり読んでると思うし」


「いいの! だって桜庭くん、ホントは会いたくないんじゃなくて、本が読みたいんでしょ? もし本がなかったら会いたいでしょ?」


「……うん。まあね」


 僕と遊薙さんはあの日以来、どれくらいの頻度で、どうやって会うかといったようなことを、しつこく話し合っていた。

 お互いの気持ちを伝えて、確かめ合いながら、自分たちだけの妥協点を探る。

 こういうことが、今の僕らには必要だったのだ。


「えへへ。じゃあやっぱり遊びに行くね! 私も隣で漫画読むもーん」


「……まあ、君がいいなら、僕はそうしたいけど」


「やった! 決まり!」


 あの時、僕と星野さんにはそれができなかった。

 お互いのことを思って一緒になったはずなのに、違うものを見ていた。

 それに気がついても歩み寄れず、結局二人とも傷ついただけ。


 過去は、今に活かさなければならない。

 でないと、僕らはいつまでたっても前に進めない。

 それに、時にはどっちが前なのか、それすら見失ってしまう。

 そして気づいた時には、もう後戻りできなくなっている。


 そんなのは、もうごめんだ。


「桜庭くんっ」


「どうしたの?」


「……なにか嫌なことがあったら、すぐに言ってね?」


「……うん、わかってる。君もね。直す、とは言えないけど、ちゃんと聞くから」


 僕が言うと、遊薙さんは満面の笑みで頷いた。

 釣られて、僕も柄にもなく笑顔になってしまう。


「なにかして欲しいことがある時も言ってね? あ、でもえっちなのはまだダメ」


「こら。外でそういうこと言わない」


「誰も見てないもーん」


「そういう問題じゃない」


「……でも、もうちょっとしたらいいよ?」


「いい加減にしなさい」


「……いらないの?」


「……ノーコメント」


「なーんーでー!」


「あぁもう、うるさいなぁ」


 僕らはお互いの手を引っ張って、ぶんぶんと振り回した。


 道の真ん中で、いったいなにをしているんだか。

 こんなやりとり、白戸さんには絶対に見せられない。


「……ねぇ」


「今度はなに」


 きっとこれから、僕らはたくさんすれ違う。

 たくさん間違って、たくさん泣いて、たくさん喧嘩もするだろう。


 それでも、遊薙さんとなら。


「桜庭くん、大好き」


「……」


 彼女となら、うまくやれる。


 うまくやっていきたい。

 そう思える限り。


 どんな問題にも、二人で向き合っていけるはずだ。


「僕も、大好きです」











------------------------------------------------------------------------------------




【お願い】

これにて、本作は完結となります。ここまで読んでいただいた読者の方々、今一度、本作を↓の☆マークで三段階評価していただけるととても嬉しいです!

次回作へのモチベーションや、研究につながります!


コメントやレビューもいただけると、飛び跳ねて喜びます!


近況ノートに後書きも載せていますので、よろしければそちらもご覧ください


https://kakuyomu.jp/users/maromi_maroyaka/news/1177354054896734435

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心配性で一途な彼女が僕をぜんぜん諦めない 丸深まろやか @maromi_maroyaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ