最終話 宙へ煌めく、露出の光

「よし、第一作戦ファーストミッションは成功だ。マスク・ド・プリンスとカインは手はず通り、彼らと合流して、皆を俺たちの秘密のアジトへ誘導してくれ。まずは、我が勢力の体制を整える。露出の再起を図るのはそれからだ」


 そう告げたロッシュツーの横に、ブオンッと音を立てて黒い空間のゆがみが出現した。

 それは、彼が新たに習得して発動させた、異空間魔法の入口だった。


「了解だ。こちらの対処は任せるよ、ロッシュツー。さあ急ごう、カイン‼」

「ちょっ、王子……じゃなくて、マスク・ド・プリンス‼ 私の名前をばらさないでください‼ ロッシュツーも‼」


 そう訴えて戸惑いつつ、口車に乗せられて騙されたカインはマスク・ド・プリンスと共に、ロッシュツーが生み出した空間の中へと駆け出していった。


「まさか、ショートカットの空間移動まで習得したの⁉ に、逃がさないわよ‼」


 アイナが焦って、追撃の魔法を唱えようとした瞬間……


「それはこちらの台詞だ、アイナ。シュ漆黒のショーク腕よソハレ冥府よりオコトノ来たれマロローン夢の光景をヌルヌール顕現せよ……」


「⁉」


 ロッシュツーが先んじて唱えた魔法によって、アイナたちの足元から数本の黒い触手のようなものが湧き出し、アイナとフィーリの身体に勢いよく絡みついてきた。


「な、なにこれ⁉」

「動けない……。まさかこれは、闇魔法の……」


「ご名答だ、フィーリ。闇魔法も使いこなしてみると、中々便利なものでね。キミたちの動きを封じるため、遠慮なく使わせてもらった」

「その才能を、もっとマシなことに使いなさいよ‼ って、キャアッ‼ どこ触ってるの‼」


 黒い触手は二人の動きを完全に拘束してしまい、特にアイナに絡みついた触手の方は、うにょうにょと官能的な動きによって、彼女のスカートや首筋、たわわな胸元などを、にゅるにゅるとまさぐり始めていた(ちなみにフィーリの触手は、動きを止めたまま放置)。


「いやっ、ちょっ、やめ……! あうっ……」


 生々しい触手攻めによって、どこか扇情的な吐息を漏らすアイナ。


「素晴らしい反応だ、アイナ。このまま我が触手魔法でお前のボディを隅々まで撫で繰り回し、その抵抗力を奪わせてもらおう」

「なに言ってるの! あっ、そこは……だめっ……!」

「ふふふ。だめと言いつつ、顔が真っ赤だぞ。ここが気持ちいいのか? 素直になれ」

「違う、気持ちよくなんか……はぅっ……!」 

「ふふふ、いい表情だ。可愛い奴め」

「もう……バカぁ……変態……」

 

「……なんで私、こんなマニアックなプレイを見せられてるんですか……」


 触手に手足を絡めとられただけで放置状態のフィーリが、ロッシュツーとアイナのやりとりに、無機質な目を向けていた。


「さて、この機会にアイナの敏感ポイントを、存分にリサーチすることができたな。そろそろ仕上げの触手攻めで、フィニッシュとさせてもらおうか」


 ロッシュツーがほくそ笑みながら、触手攻めの最終奥義を発動しようとした、その時。


「いい加減にせんか、この馬鹿孫があああっ‼」

「⁉ じいさんか‼」


 ロッシュの言葉通り、怒声と共に浮遊魔法で上空に現れたのは、彼の祖父、カディル・ツヴァイネイトだった。


「魔界の脅威を退しりぞけ、ようやく落ち着いた王国の治安を、好き勝手に乱しおって……。どれだけワシの血圧を高めるつもりじゃ、おのれは‼」


 その怒気に呼応するように、カディルの身体から、青い雷光の分枝がバチバチとぜ始めた。


「師匠、待っていました! ……あんっ」


 触手のお触りにビクンとしつつ、アイナは現れた師匠の姿に安堵した。


「くっ……誘い出されたのは、俺の方だったか⁉ じいさんは他国へ出張中と聞いていたから、今夜の作戦を実行したというのに! こうなれば、俺も異空間魔法で撤退を……」


 言いながら、ロッシュは再び空間のゆがみを発生させ、そこに自ら飛び込もうとしたが、それより先に、生み出した歪みがゴゴゴゴッと縮小していった。


「⁉ これは、まさか……俺の異空間魔法を、封印魔法で発動阻害ジャミングしたのか⁉」

「新魔法の開発が、お前だけの専売特許と思うなよ‼」


 言い切ったカディルによって、気が付けばロッシュの周囲には、巨大なドーム型の魔法障壁が、ビッシリと張り巡らされていた。


 そして、アイナやフィーリにかけられていた触手魔法も、強制的に解除されていった。


「もう逃がさんぞ‼」

「ちぃっ‼ かくなる上は、ここでじいさんを倒し、我が自由を手にするまで‼」


 舌打ちしつつも覚悟を決めたロッシュは、トレンチコートを夜風にあおられながら、自身の魔力を増幅させていった。


「あー、いたいた。やっほー、カディル」


 ……と、そこで不意に、呑気な女性の声が聞こえてきた。


「え⁉ マリナベル女王陛下⁉」


 アイナの言葉通り、現れたのは魔装王との戦いの後、ラスタリア神聖国に帰ったはずの元剣姫、マリナベル・ラスタリア女王だった。


「バカな⁉ なぜ女王陛下までが、ローヴガルドに……」

「あら、ロッシュー。今日も若さ有り余った、素敵な格好をしてるわねー。おばさん年甲斐もなくドキドキしちゃうわよー。オホホホホー♪」

「まあまあ、マリナったら……」


 マリナベルの横には、ロッシュの祖母、マーサ・ツヴァイネイトもついて来ていた。


「今日はマーサとお買い物しに、お忍びでローヴガルドに遊びに来てたんだけど、カディルに変質者撃退のヘルプを頼まれてねー。面白そうだから手伝ってあげたのよー」

「撃退のヘルプ……だと? まさか……!」


 女王の言葉に、ロッシュはタラリと汗を流した。


「マリナ、そっちは上手くいったのか?」

「ええ、カディル。基地の牢獄を脱走しようとしていた連中は、全員ボコボコにして動けなくしておいたわ。裸の殿方があんな一斉に押し寄せてくるのは、中々壮観な光景だったけどねー。オホホホホー♡」

「くっ、やはり……! なんということだ‼」


 想定外の増援に露出同志たちの脱走をはばまれ、ロッシュは歯噛みした。


「ついでに、おたくの国の王子と若い騎士が基地の近くに魔法で移動してきたから、一緒にとっ捕まえておいたわよ。まさか王子まで裸トレンチコートで登場するとは思わなかったわー」


 そう言ったマリナベル女王の背後には、ズタボロになって引きずられているジークとカインの姿があった。


「ロッシュ、すまない……。突然現れた女王陛下の前に、同志たちは瞬殺されてしまったよ。コートがボロボロになって露出面積が増えたのは喜ばしいが、無念だ……」

「女王陛下と剣を交えることができ、光栄だったが……やはり、強すぎる……。というか私はなぜ、こんな妙ちきりんな恰好をしていたんだろうか……?」


 落胆しつつ、コートからのポロリは忘れていないジークと、ようやく正気に戻ったらしいカインを見て、カディルは目をしばたたかせた。


「なっ⁉ ロッシュ貴様……‼ よりにもよってジーク王子まで、お前の変態趣向に巻き込みおったのか⁉ れ者めがっ‼」


 いや、王子は元からグルだったんですけど……と口にしかけたアイナとフィーリだったが、なんだかもう面倒なので、だんまりを決め込んだ。


 と、そこでマリナベル女王が、フウッと息を吐き出した。


「実は先日の戦いの後、うちの国内でも、若い神官のたちが殿方の裸体を熱心にあがめ始めたり、お耽美たんびな薄い書物に夢中になったりと、奇妙なブームが発生してるのよー。さすがにこれは沈静しないとマズそうだから、これ以上変なブームがローヴガルドから広まる前に、元凶のあなたを鎮圧しておこうと思ってね。悪く思わないでねー」


 言いながら、マリナベル女王は自らの両手を、ポキポキと軽妙に鳴らし始めた。


 マーサの方は、とりあえず女王について来ただけらしく、「あらまあ、うふふ」と、いつもののんびりした笑顔を浮かべていた。


「ぐっ……! じいさんだけならまだしも、剣姫まで相手では、こちらに勝ち目は無い! やはりここは、戦略的撤退をさせてもらう‼」


 もはや勝機は皆無と即断し、瞬時に逃走に移ったロッシュは、浮遊魔法と風の加速魔法を超速で詠唱し、カディルが張り巡らせた魔法障壁を突き抜けて、ジェットのような勢いで夜空へと飛翔していった。


「待たんか、この変質者があああああっ‼」


 だがカディルも負けじと、加速魔法を発動してロッシュを追撃。


「あー、ちょっと待ってよー。私もまぜてー♪」


 マリナベル女王も、原理は全く不明だが、自らの足で空中を猛ダッシュしていき、そのまま二人を追いかけ始めた。


「なっ⁉ 女王陛下まで空を飛べるだと⁉」

 ロッシュの驚声が、夜空に響き渡った。


「別に飛んでないわよー? ただ、片方の足が沈む前にもう片方の足を前に出す動きを繰り返して、空中を走ってるだけよ。今日はちゃんと聖剣も持ってきたから、全力で戦えるわよー♪」


 宙を疾駆する女王が構えたのは、美しい刀身を白銀色に輝かせた、まごうこと無き伝説の聖剣だった。


「あなたは忍者か⁉ しかもなぜ、こんな時に限って聖剣を‼ 剣姫の全力戦闘など、シャレにならないぞ‼」


 まさかの全力戦闘勃発に、さすがの変態も瞠目どうもくした。


「逃がさんぞ、愚か者めえええっ‼」


 空中を走る女王と憤怒の祖父を前に、嬉々として幼馴染の敏感ポイントを発掘していた露出狂は一転、絶体絶命の窮地に追い込まれた。


「ここまで、か……。かくなる上は、せめて華々しく散らせてもらおう‼」


 ロッシュがそう決断した時には、カディルの手元から極大魔法の光球が、マリナベル女王の聖剣からは超弩級のエネルギー波が、ほとんど同時に放たれていた。


「うおおおっ‼ 露出最高おおおおおっ‼」


 そのロッシュの叫びに呼応するかのように、カディルの極大魔法と聖剣のエネルギー波が衝突した直後、ローヴガルド王国の夜空に、巨大で色彩鮮やかな爆発光が舞い上がった。


 なんの前触れも無く夜空に出現した大輪の花火に、ローヴガルドの人々は驚いたが、やがてその幻想的な光の美しさに、時を忘れて酔いしれていった。


 ……だが、その光の中心部に、裸コートで大の字を描いたまま無惨に散っていった変態の姿があったことなど、誰も知る由は無かった。


「変態は、死んでも治らないのね……」


 地上に残されたアイナは、爆発音の中にかすかに混じる「露出最高おおおっ‼」という幼馴染の断末魔を聞きながら、呆れたように季節外れの花火を見やったのだった。




 おしまい(Ende)




■□■□■□




 これにて、物語は終わる。


 露出とは全、全とは露出。


 つまり全裸の人間こそが、この世で唯一、全知全能の存在であると言える。


 この物語を読んだあなたも、これから風呂場で服を脱ぎ去った際などは、ぜひその全能感に酔いしれ、露出の素晴らしさに開眼してほしい。


 風呂上りにそのまま外へと飛び出し、路上で全力全裸ダッシュを敢行する「そうびなし」の勇者に、幸多からんことを。


 注:これはあくまで天の声であって、現実における露出行為を推奨しているわけではありません。

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露出狂ファンタジア 煎田佳月子 @iritanosora

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