エピローグ え、長い? いやいや、もうちょいの辛抱だって

「もういいわ……。とりあえず彼を衛兵の基地に連行して、牢屋にぶち込んでおきましょう」

「そうですね。牢はすでに、同じような変態でいっぱいらしいですけど。今は王城の精神科医が、一人一人の洗脳解除にあたっているはずです」

「ああ、もう‼ ロッシュの馬鹿のせいで、とんだとばっちりじゃない‼」


 兵士たちに深刻な精神毒を振りまいた諸悪の根源に、アイナは恨み言を吐かずにいられなかった。


「……そういえばフィーリ、ココロはどうしたの? 確かあの子も、一緒に捕獲部隊に指名されていた気がしたけど……」

「任務初日に裸コートの変態を前にして、『むおおお⁉ ここは天国ですかあああっ⁉ ブッシャアアア‼』って鼻血噴き出して気絶してから、今は病院に隔離入院しています。この任務を続けていたら、命に関わると思うので……」

「ああ……。ま、まあ、この男を連行して、今日は終わりにしましょう」


 アイナが半ば呆れながら言った、その時……


「そうはさせないぞ、アイナ」

「「‼‼‼」」


 突然聞こえてきた声に、アイナとフィーリが視線を転じると、やや離れた小高い塀の上に、一人の男が立っていた。


 男は、ヴェネチアンマスク風のアイマスクで顔を隠し、漆黒のトレンチコートを夜風にはためかせていた。


 ……が、そのコートの下には、当然のようになにも身に着けていなかった。


「……なにしてるのよ、ロッシュ‼」

 アイナは一瞬で、新たに出現した変態の正体を看破した。


「ロッシュ? 一体誰のことだ? 俺の名は、『ミスター・ロッシュツー』。露出行為の素晴らしさを世に知らしめるため、闇の中から舞い降りた、正義の使者だ」

「うるさい‼ あなた、正体隠す気ゼロでしょ‼ どういうつもり⁉」


 アイナが叫ぶと、ロッシュツーは無駄に洗練された動作で自らの髪を軽く撫でた。


「キミたちが、折角増えてきた我が露出の同胞たちを、次々に捕縛していると聞いたものでね。その非情なる行為を阻止すべく、こうしてさんじたのさ」

「なにが非情なる行為よ! 変質者を牢に叩き込むのは当たり前でしょ‼ せっかく守ったローヴガルドの平和を、自分から悪化させないでよ‼」


「いいや。平和は悪化などしていないよ」


 その言葉と共にロッシュツーの横に現れたのは、紫のオシャレなトレンチコートに身を包んだ、金髪の覆面男だった。


 無論その男も、コートの下にはなにも身に着けておらず、無垢むくな裸体を吹きすさぶ夜風に、まざまざとさらしていた。


「なんでジーク王子まで出てくるんですか‼」

 アイナはさらなる変態の正体も、一瞬で看破した。


「王子? なんのことかな? 僕の名は、『マスク・ド・プリンス』。ミスター・ロッシュツーとこころざしを同じくする、さすらいの露出人ろしゅつびとさ」

「あなたも、正体隠す気無いでしょ‼」


 アイナはもっともなツッコミを入れたが、マスク・ド・プリンスはそれを全く意に介していなかった。


「先日の魔装王との戦いを経て、一部の兵士たちはついに露出の素晴らしさを理解し、自らそれを体験したいとい願うようになった。これは我が国にとって、非常に重要なターニングポイントだ。やがてこの露出の波は、ローヴガルド全土……いや、全世界へと伝播でんぱしていき、『露出こそが人類の最も自然な営みなのだ』と、皆が悟る日が来ることだろう」


「……変態の戯言ざれごとは、聞いていられません」


 夢見心地で狂人の理想を語るマスク・ド・プリンスに、フィーリは素早くワイヤーを投げつけた。


 だが、そのワイヤーは、素早い剣の一撃によってはじかれてしまった。


「……‼」


 ワイヤーを弾き返したのは、さらにもう一人現れた、紅いトレンチコート姿の男だった。


 が、他の二人と異なり、紅いコートの正面は全てのボタンがキッチリめられており、アイナたちにとって目の毒となる裸体を公衆の面前に晒してはいなかった。


「王子……ではなかった。マ、マスク・ド・プリンスを、やられるわけにはいかない。その前に、わ、私が相手になろう……」


 剣を構えた紅トレンチコートの覆面男が、どこかたどたどしい語調で宣言した。


「……なにやってるんですか、カイン先輩まで……」

「なっ……! ち、違う‼ 私の名は、『ナイトヌーディスト・カイーン』だ‼ 断じて、カインなどという名前ではない‼」

「だから、バレバレですって……」


 まさかの人物まで登場して、アイナは軽い眩暈めまいをおぼえた。


「……くっ。(ボソリ)ロ、ロッシュ。本当にこの格好が、剣の腕を高めることに繋がるのか?」

「無論だ、カイン。自らの肉体を堂々と露出し、恥を捨ててこそ、真の剣の道が開かれるんだ。さあ、そんな風にボタンを全部留めたりしないで、しっかり己を開放しろ」

「し、しかし、やはりこの格好は、ちょっと……」


 コソコソ話しているつもりのようだが、二人の会話は丸聞こえだった。


 やっぱり、適当に言いくるめられて騙されたんだな……と、アイナは生真面目な騎士科首席を気の毒に思ったが、同時に、「そんなコート姿になる前に、おかしいって気付いてよ‼」と思わずにいられなかった。


「ああ、もう‼ こうなったら全員まとめて、官憲かんけんに突き出すまで‼ 大人しくお縄につきなさい‼」


 言い切って、アイナとフィーリが武器を構えると、変態の首魁たるロッシュ……ではなく、ミスター・ロッシュツーが、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「俺たちを官憲に突き出す? そんな余裕が、果たしてキミたちにあるのかな?」

「……なんですって?」


 そこでロッシュツーは、指をパチンと鳴らした。


 ……すると、少し離れた方角からドゴオンという爆発音が響き、その音に続いて、小さな煙が立ち上ってきた。


「な、なに⁉」

「あの方角は……まさか、衛兵基地⁉」

「その通りだ、フィーリ。基地内の一角に、小型の時限式爆破魔法を仕掛けさせてもらった。爆破と言っても、牢獄の入口を吹き飛ばす程度の威力だが……」

「牢獄の入口って……まさか……」


 不吉な単語に、アイナは寒気をおぼえた。


「そう。キミたちに捕らえられた我が同胞を、一斉に解放するために仕掛けたのさ」

「なんてことしてるの、あなたは‼」


 と、不意に遠方から、野太い男たちのオオオオッという喚声かんせいが聞こえてきた。


「おおお、やったぞ‼ ついに自由の身になったぞおお‼」

「これでまた、吾輩の裸体を世間の淑女レディーたちにお披露目できるでごわすううっ‼」

「トレンチコートだ‼ 早くトレンチコートを持ってこい‼ もみもみいいっ‼」

「いや、もはやコートなど不要‼ このまま全裸で、夜の王国内をナイトランニングだ‼ ごくりんちょおおっ‼」

「ああ、なんという解放感でしょう‼ 生肌なまはだに当たる夜風の愛撫あいぶが、ぼくのクリエイティブな感性を刺激して止みません‼(キリッ‼)」


 ロッシュに毒され露出に目覚めた変態猛獣たちが、再びシャバへと解き放たれた瞬間だった。

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