エピローグ 平和な(?)夜の王国

「待ちなさい、この変態ーーっ‼」


 そう叫びながら、アイナは夜の王都を疾走していた。


 だが、彼女が追っている変態あいては、幼馴染のロッシュ・ツヴァイネイトではなかった。


 現在アイナの数メートル先を走る追跡対象は、くすんだ色調のトレンチコートを羽織り、ネコさん型の覆面をかぶっていたが、その背丈は明らかにロッシュより低く、肩回りなどの体型もガッチリしていた。


 ……が、トレンチコートの他になにも身に着けていないという点は露出魔のロッシュと同様で、コート前面をフルオープンした覆面変態男が、息を荒くして逃げ回っていた。


「待ちなさいってばー‼」


 逃げる男の動きを止めるため、アイナは数発の魔法を放ったが、覆面男は俊敏な動作で跳躍し、アイナの追撃を器用にかわしていった。


 そのアクロバティックな動きでコートが揺らめき、男の武骨な生尻が外気にお披露目された瞬間、アイナは吐き気をもよおすような邪悪を感じずにいられなかった。


「捕まるものか……絶対に、捕まるものかああっ‼」


 生尻男は必死の形相でえたが、不意にその眼前に、小柄な影がおどり出てきた。


「なっ……⁉」

「変態は成敗」


 男の前に現れた小柄な少女、フィーリ・サクリードはそう告げると、手に持っていた小石のような物体を、裸コート男に向けて素早く投擲した。


「なんのっ‼ くらうかっ‼」


 覆面男は再び宙に舞い上がると、地面とほぼ水平の体勢となって、飛んできた小石を見事に回避。


 そしてそこから強引に姿勢を転じ、立ちはだかる少女に向かって、上空からスパイラル回転を加えたダイビングアタックを敢行してきた。


「我が行く手をはばむのなら、容赦はしないぞ! リトル・ガアアアアルッ‼」


 叫びながらスポポーンとコートを脱ぎ去った覆面全裸男は、なぜかとっても嬉しそうな笑みをたたえていた。


「……寄るな、汚らわしい!」


 拒絶の声を放ったフィーリは、右手でなにかを引っ張るような動きを見せた。


 と、その動きに続いて、飛びかかる男の全身に、糸状の物体が勢いよく巻き付いてきた。


「うぬおぉっ⁉」


 身体の自由を奪われ、フィーリの手前一メートルほどの地点に顔面から着陸する覆面全裸男。


 その裸体には、細い黒色のワイヤーが、幾重いくえにもグルグルと巻き付いていた。


「くっ‼ 硬質ワイヤー付きだと⁉ ただの石と思って油断したか……!」


 地に堕ちた覆面男は、悔しそうにうめいた。


「アイナ先輩、捕獲しました」

「フィーリ、ナイス! よくやってくれたわ‼」


 やがてアイナも、捕獲された変質者の元に辿り着いた。


「うぬう……。だが、美少女の投げたワイヤーで全身を束縛されるというのも、中々良いものだな。なんと素晴らしいめ付け具合だろうか……」


 数秒前まで悔しそうだった男は、裸体に食い込むワイヤーの触感に新たなよろこびを見出したようで、すぐにウットリし始めていた。


「……汚物は抹殺」

「ちょっ! 気持ちは分かるけど、ストップストップ‼」


 冷たい目つきでダガーナイフを取り出したフィーリを、アイナが焦って制した。


「それよりまず、こいつの正体を暴かないと……」


 そう言って、アイナは捕まえた男の覆面に手をかけ、それを一気にひんいた。


 ひん剥いた反動で、男の口からは「ああっ♡」という気持ち悪い声が漏れたが、アイナは心を無にして、その声を完全スルー。

 そして、覆面の下から現れた男の素顔を確認すると、ハアッと溜息を吐いた。


「やっぱり、この人も王国兵士か……」

「カール・ヌギダ一等兵ですね。リストに載っている人相図にんそうずと顔が一致します。間違いありません」


 分厚いリストを手にしたフィーリが、淡々と事務的な口調で告げた。


「くっ、無念だ……」

 正体が露見してしまったカール一等兵は、がくりと項垂うなだれた。


「あなたねえ……。一体なんで、こんな馬鹿なことを……」


 アイナは、カール一等兵の裸を極力直視しないようにしながら、問いかけた。


「分からない……。俺も、初めはこんなことをするつもりはなかったんだ。だが、あの日……かのロッシュ・ツヴァイネイトが、裸コート姿で魔装王を倒す光景を目の当たりにしたあの日から、彼の神々しい裸体が頭から離れなくなって……。気付いた時には、俺も彼と同じ格好になって、夜の街へと繰り出さずにはいられなくなってしまったんだあああっ‼」


 カール一等兵の慟哭どうこくに、アイナとフィーリは「またか……」とうんざりしていた。


 ロッシュが魔装王を倒し、王都に勝利の凱旋を果たしてからしばらく経った頃、ローヴガルドでは夜な夜な、明らかにロッシュとは異なる「全裸コート姿の不審者」が出没する事件が頻発するようになっていた。


 国民のトレンチコートファッションブームと共に、一部の界隈で、裸トレンチコートの変態ブームが到来してしまったのである。


 が、ロッシュの裸トレンチコート姿は、カディルの箝口令かんこうれいで一般市民には知られていなかったため、市民の中から変態が発生したわけではなかった。


 ブームに乗った異常者たちは、「ローヴガルドの軍部内」から、続々と誕生していたのだった。


 リシタータキ大平原の戦場で、ロッシュのうるわしい裸体(アイナにとっては、汚らわしい醜態)と、その超人的な強さを直に目撃していた、軍の兵士たち。


 獰猛な魔物と命懸けの死闘を繰り広げていた極限状態にあって、その衝撃インパクトは多大なものであり、ローヴガルドに帰還してからも、幾人もの兵士たちの脳裏には、ロッシュの雄々しくもなまめかしい裸コート姿が、強烈に焼き付いてしまったのだった。


 それはある意味、一種の戦争後遺症フラッシュバックに近いものだったのかもしれない。


 とにかく、ロッシュの裸体に深刻な精神汚染を受けた一部の兵士たちが、夜と共に裸コート姿となって、王国内を跳梁跋扈ちょうりょうばっこするようになってしまったのだった。


 この由々しき問題を受けて、国内の治安を取り戻すべく、カディル・ツヴァイネイトの特命によって、変質者の特別捕獲部隊が秘密裏に結成されていた。


 アイナやフィーリもその部隊に招集され、ここ数日は休む暇も無く、闇に紛れて露出を目論む変態たちの捕縛に努めていたのだった。

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