エピローグ 平和な王国

「じゃーん‼ きせきのえいゆう、ここにさんじょう‼」

「なんだと! 貴様ごときに、この魔装王を倒せるものか‼」

「あまいぞ、まそうおう! くらえ、ひっさつの魔法こうげき‼」

「ぐわあ~! や~ら~れえ~たあ~!」

「……パパ、ストップ‼ そんなにあっさりやられちゃったら、つまんないよー!」

「え? ああ、ごめんごめん……」


 とある日の昼下がり。ローヴガルドの王都を歩いていたアイナは、たまたま通りかかった広場で英雄ごっこの遊びに興じていた親子のやり取りを耳にして、思わず笑みを浮かべた。


 ……が、そのごっこ遊びをしていた少年が、自身の体躯よりやや大きめのトレンチコートを服の上に羽織っている姿を見た瞬間、その笑顔はたちまち消え去ってしまった。


「まったく……よりによって、なんであんなのが流行はやっちゃうのよ……」


 早足で歩きながら、アイナは忌々し気に毒づいた。


 魔装王カオスブグレ率いる魔界の軍勢が、リシタータキ大平原でローヴガルド・ラスタリアの連合軍によって撃退されてから、すでに二ヶ月が経過していた。


 五十年前の剣姫戦争以来となった今回の大規模戦闘は「魔装大戦まそうたいせん」と命名され、一時は絶望的だった戦況をひっくり返し、奇跡の勝利を上げて王都へと戻った兵士たちは、ローヴガルドの国民から歓呼の嵐で迎えられた。


 魔装王によって破られたムラムウラ山脈の封印門ゲートも、大戦後にカディルとロッシュによって迅速な魔法術式の修復がなされ、魔界からの侵略の脅威を、再び封じ込めることに成功していた。


 今回の大戦では、剣姫マリナベル・ラスタリアや大魔法使いカディル・ツヴァイネイトら、かつての英雄の活躍も話題となったが、それ以上に、敵の首魁である魔装王を倒した天才、ロッシュ・ツヴァイネイトの名が、ローヴガルドのみならず、全世界へと知れ渡る結果となった。


 そしてそれにより、彼が戦いの際に身に着けていた「トレンチコート」が、「新たな英雄の身に着けていた聖なるころも」として注目を集め、ローヴガルドでは即日、同デザインのコートを買い求める人々が王国中の服屋へと殺到していった。


 ロッシュのコートそのものは、メイドのシンリィお手製の特注品だったが、似たようなデザインのコートがすぐにあちこちの店で販売されるようになり、今やローヴガルドでは、トレンチコートが最先端のファッションアイテムとして、一大ブームを巻き起こしていたのだった。


 ……が、無論、ロッシュがそのトレンチコートを「全裸の上に直接羽織っていた」という事実までは、一般の人々には知られていなかった。


 ロッシュの戦闘の詳細については、カディルによって箝口令かんこうれいが敷かれ、軍内部でも、「ロッシュが戦場で裸だったのは、魔王の鎧の呪いによる、やむを得ぬ仕儀しぎだった」ということで見解が統一され、彼が嬉々として裸コート姿で戦っていた事実は、闇へと葬られた。


 これにより、ツヴァイネイト家の名誉は無事守られたわけだが、「変態露出狂によって世界が救われた」というどうしようもない事実を知るアイナにとって、今回沸き起こっているトレンチコートブームなどは、ただ忌むべきものでしかなかった。

 

 ……だが、こんなブームなどは、まだかわいいモノだった。


 真に深刻な影響は、王国内の別なところに現れていたのだった。

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