スラレーン、復讐開始
「……ですか?」
遠くから声がする。煩いな。もう少し眠らせてくれ。そんなに肩を揺さぶるなよ………肩? 俺に肩なんてあったか? まあいい。
「大丈夫ですか?」
大丈夫かって? 大丈夫じゃないに決まってるだろ。だいたい俺は勇者に……勇者に? そうだ! 俺は!
がばっと目を開けると、目の前に2人のヒトが見えた。
「きゃっ」
「お、気がついたみたいね。よかったねえ」
目の前の景色は見慣れた平原とは全く違う。かといってヒトの暮らす「はじまりの街」とも違う。どういうことだ。状況がまったく飲み込めない。
「日本語わかりますか? 駐車場に倒れていたんですよ」
「んー、肌は白いし目は青いしゴツいし、このおじさん海外出身?」
「えっ。どうしよう。は……はろー? あーゆーおーけー?」
俺は2人の方へと向き直った。
「言葉はわかる。ニホンゴで大丈夫だ。それより……」
驚いたことに言語は理解できる。話すことまで。しかし、そんな事よりも驚くべきモノが目の前に存在していた。
「お前は……勇者か!?」
「ゆ……ユーシャ?」
目の前の少女は、あの勇者に瓜二つだった。生真面目そうなまん丸縁無し眼鏡。不安げな顔。間違い無い。俺を倒した勇者だ。もっとよく見ようと身を起こすと、強烈な頭痛が俺を襲った。
「まだ無理しない方がいいですよ。しばらくは安静にしていて下さいね」
「うんうん。ところでおじさんと知り合い? ユーシャとか呼ばれてたけど?」
「えっ、いえ、初対面……だと思うけど。私のことご存じなんですか?」
何もわからず、咄嗟に手で頭を押さえた。――手? 頭? ゆっくりと自分の姿を確認する。俺の体はスライムのそれではなく、屈強なヒトそっくりに変わっていた。何故だ? 混乱する頭の中に、一筋の閃光のように閃く物があった。
――これは、ひょっとしたら異世界転生という奴ではないか
勇者の研究をしていたアンリに聞いたことがある。
俺は、勇者の両肩をがっしりと掴んで尋ねた。
「ユーシャ!」
「は、はいっ!」
「おおっ、おじさん情熱的!?」
驚いたのか勇者は顔を赤くしている。隣のヒトはなぜか目を輝かせているが気にしている場合ではない。
「お前は今、いくつだ?」
「え? え? 17ですけど」
「ほぉ……年齢気にするタイプ、と」
あの勇者は18歳と答えていた。ということは、この勇者はまだ俺達の世界へと行ってはいない。ここは、勇者が俺たちの世界へと転生する前の世界なのだ。そして今の俺は勇者よりも勝る肉体を手にしている。
――おお神よ! 感謝します。これならまだ間に合う!
今、勇者をなんとかすれば、ジュニア達に危害が及ぶ事はない。俺は両肩に置いた手に力を籠める。
「ユーシャ! お前は俺が守る!」
「えっ? えっ?」
「ほほぉ……」
俺は矢継ぎ早に尋ねる。
「ユーシャ、トラックだ。トラック事故を防ぐにはどうすれば良い」
「えっ? トラック事故ですか? えと、今、私たちのチームではAIを使った運転補助システムで……」
「AI! 知ってるぞ! ガンガンイコウゼ! スライムも使う。AIで事故を必ず防げるのだな!?」
隣のヒトがスライムという言葉に首を傾げていたが、構わずに返答を急かす。
「まだそこまでは……。AI運転はまだまだ研究途上でして、ようやくヒトの運転を真似できるように……」
「安全ではないのか?」
「は……はい。まだ」
「あとどれくらいかかるのだ。1年以内か?」
「い……いえ。1年以内に実用化はちょっと……」
「それでは遅い! 遅いのだ!」
「す、すみません!」
勇者が目を瞑って首をすくめるのを見た俺は、冷静さを取り戻した。
「すまない。つい興奮を。だが、ひとつだけ確認させて欲しい。そのAIが進化すれば、トラックの事故は防げるようになるのだな」
勇者はこくこくと頷く。どうやら俺がこの世界で成し遂げるべきことがはっきりしたようだ。
「俺がそのAIを完成させる」
「えっ」
「安心しろ、二度とトラック事故は起こさせない」
「あっはい」
俺が力強く右手を差し出すと、勇者もおそるおそる手を差し出す。
「ジョン・スラレーンだ」
「あっ、日野です。T自動車開発部の日野いすずです」
全ての
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その後、俺といすずさん達は共にAI完成を目指し、それを阻止しようとする悪の転生妖精秘密結社との戦いを繰り広げることになるのだが、それはまた、別の話。
勇者に倒されたスライムだけど異世界転生したんで復讐するわ 吉岡梅 @uomasa
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