勇者に倒されたスライムだけど異世界転生したんで復讐するわ

吉岡梅

しゃくねつのスラレーン、勇者の前に散る

 俺の名はスラレーン。スライムだ。地元で「しゃくねつのスラレーン」と呼ばれ片っ端から氷柱を破壊して回っていたのは今は昔。叔父に無理やり騎士団に捻じ込まれた挙句、故郷から離れた「はじまりの平原」に赴任させられて11年になる。慣れない騎士団の慣習や都会暮らしに戸惑ったり反発したりもしたものだが、今じゃすっかり平原騎士団スライム・ナイツの一員だ。


 さらに南地区の師団長を任され、サラという俺にはもったいないの嫁と結婚し最愛のジュニアも産まれた。ピキーピキーと泣き喚くジュニアのオムツを笑顔で交換している俺の姿は想像していた未来とは違うが、まあ、悪くない生活だ。


 そんなある日、不穏な知らせが届いた。団長の元に、ぽよんぽよんと駆けつけると既に団員達も集まっている。皆の顔からは笑顔が消え失せ切株の周りで、ぷるぷるぷるんと震えていた。


「団長! 新しい勇者が確認されたというのは本当ですか」

「スラレーンか。今回の勇者はどうやら現地採用者プロパーではないらしい」

「なんですって! まさか……」

「異世界転生者。しかも転生触媒スターターは疾走するトラック。……加護チート持ちだ」

「一番やべー奴じゃないですか!」


 周りの皆もピ……ピキ……と戸惑いと恐れの入り混じった呻き声を上げている。


「とにかく、偵察に行ってきます。相手が相手だ。もっと情報が必要だ」


 俺は素早く経験値とゴールドを飲み込んで駆けだした。


「待て! 偵察だけなら経験値とゴールドは不要なはずだ。何より危険だぞ。……まさかスラレーン、お前!」

「……団長、サラとジュニアを頼みます」

「スラレーン! よせ! はやまるな!」


 俺は、背後のピキーピキーという声を振り切り北へ北へとまっしぐらに跳ねた。


***


「あの小娘が勇者か」


 草むらに身を潜め隙間から観察する。前方には、倒木に腰かけ、傍らにおなべの蓋を置いた黒髪の少女と妖精の姿が見える。少女は不安げだが、妖精がキラキラと飛び回って説明を始めると熱心に頷く。そのたびにずりおちそうになる眼鏡を慌てて直しては、きちんとメモを取っているようだ。一通りの事を話し終えたのか、妖精が何やら雑談を始めた。


「それにしても勇者ちゃん、若いよねー。いくつだったのー?」

「えと、18でした」


――18。まだまだじゃないか。これなら騙せるか?


 俺の作戦はこうだ。村とは逆の北側に周り、飛び出して戦闘を仕掛ける。一撃をくらったら北に向かって逃げつつ、やられたフリをして経験値とゴールドを吐き出す。気を良くした勇者は、俺が逃げた方角にスライムの群れがいると踏んで、村とは逆のエリアへ向かうだろう。

 無事では済まないが、ひのきの棒の一撃くらいなら耐えられる。数日間寝込むか、最悪、ここで果てるかもしれないが、サラとジュニアを思えば安い代償だ。


――よし、行くか


 俺は、ぷるるんと武者震いをして移動し始めた。緊張のためか、ガサリと大きな音を立てた時、妖精が目ざとく振り返った。


「勇者ちゃん! あそこに何かいるわ!」


――しまった!


 妖精は蛍光色の鱗粉をまき散らしながら、こちらを指さしている。行くしかいない。俺は覚悟を決めて勇者の前に躍り出た。


「うわあ! モモモモンスターです!」

「慌てないで勇者ちゃん! こんなスライム、貴女だったら楽勝のはずよ! さ! 武器を取って『たたかう』のよ!」

「は……はいっ!」


 勇者が倒木の陰から取り出した武器を見て、俺はわが身を呪った。へっぴり腰の少女が構えた剣は「ゆうしゃの剣」だった。


――クソッタレ! 加護チート持ちって事を忘れるなんて、しゃくねつのスラレーンもヤキが回ったもんだ!


 しかし、引き返すわけにはいかない。そのまま勇者の脇を跳び抜けて北へ跳ねる。そして、勇者の横を通り過ぎると思ったその瞬間、俺の身体に三桁ダメージの衝撃が2回走り、なすすべもなく経験値とゴールドを全て吐き出した。


 たらららったんたったー♪


「わー! レベルアップしましたー!」

「やったね! 勇者ちゃん! ささ、お金も拾って拾って」


 能天気なSEと共にはしゃぐ勇者がゴールドに手を伸ばしてくる。俺は最後の力を振り絞って、北に向かって跳んだ。いや、正確に言うと、跳ぶことはできずに少しだけ這いずった。


――頼む、騙されてくれ。


「神様がくれた武器って凄いんですね」

「でしょーでしょー。でも、もう少しこの辺りでレベル上げていった方がいいかもね。スライムは群れで生活するからねー」

「はいっ! えっと、じゃあ、あっちに行ってみましょうか」


 勇者が北を指さし、鼻歌交じりで歩き始める。


――やった。これで村は無事だ。もう少しジュニアと一緒に過ごしたかったが、まあ、スライムにしては悪くない一生だった。


 微笑を浮かべ、目を閉じようとした瞬間、妖精と目が合った。俺の笑顔を怪訝そうに見ていたが、目を輝かせてニタリと笑うと、明るく言い放った。


「勇者ちゃん! 逆! 逆! 南にお勧めのスライムの狩場があるんだった。さあ、はりきって世界を救っちゃおー!」

「は、はいっ!」


――やめ……ろ。おい……待ってくれ! 神よ。俺は……俺はこんな所で終われな……い……


 必死に体を動かそうとしたが、まったく言う事を聞かない。目の前が暗くフェードアウトしていく。そしてすぐに俺の意識は闇に飲まれた。

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