第3話 対峙


新年度になって2か月がすぎた。

6月になり、梅雨で毎日のように雨が降っている。


高校2年生になったまあさは、クラス替えがあったりしたものの

これといって変わらぬ日常を過ごしていた。

これまでと変わらず、他人と関わらない。干渉しない毎日。

4月に新たに寮の同室になった亜衣ともこれといって仲良くなるということもない。

亜衣のほうは、なにかと話しかけてきて、仲良くなろうとしている素振りはあるけれど。

 でもなぜだろう。他人と関わりたくないはずなのに、亜衣に話しかけられるのは悪い気がしない。にこにこと屈託なく笑いながら、たわいもないことをいつも話しかけてくる。

「まあさちゃん、今日も雨だね」とか「テスト勉強進んでる?私は全然だよー!」とか。

まあさの反応が微妙なものでも、亜衣は嫌な顔をしない。そして無理に会話を広げようともしない。それが、悪い気がしない理由なのかもしれない。


 隣の部屋の中学1年生、如月千春、千冬の双子と亜衣はかなり打ち解けているようで、亜衣は隣室に遊びに行ったりもしている。千春は、まあさに会うと「あ、こんにちは~」とあいさつだけする。千冬のほうは、先輩であるまあさに恐縮しているのか、千春の後ろに隠れながら小さな声で「葵先輩、こんにちは」と言う。


 そんな6月のある日のことだった。体育の授業、この日は女子はバスケで3on3をすることになった。先生にチーム分けを任され、先生は男子の方へといってしまった。

「じゃあチーム分けしまーす」

張り切ってそう言ったのは水無月 依。クラス委員長をしている。クラスをまとめたり、人の前に立つのが好きそうなタイプ。まあさはどうにも彼女が鼻について苦手だった。苦手、といってもほとんど会話もしたこともないけれど。でも傍目でみていて、水無月依の出しゃばっている感じというのが、どうにも気になった。

こんなこと勝手に思っている私の方が、よっぽど嫌な女だな、と、まあさは思う。

 水無月依の采配でチーム分けが済み、総当たりで試合をする。授業時間の終盤に、依のチームとまあさのチームが試合をし、引き分けとなった。

「みんな、ちょっといい?」

試合が終わったとき、依が言った。

「私、葵さんと1対1で試合したいの」

まあさはその発言に耳を疑った。周囲がざわつく。

「それで決着をつけたい。良いよね?」

有無を言わさぬ依の口調に、チームのほかのメンバーはすっと離れていった。

コートの中に依と、あっけにとられているまあさの2人のみが残される。

バスケットボールを手渡しながら、微笑を浮かべて

「ごめんね、急に。」

と依が言う。

「別にいいけど。。。」

まあさが答えると、依はこれまでクラスメートたちに見せていた笑顔をさっとひっこめて、真顔になった。

「………?」

「そういうところ。ほんと気に入らない。」

周りに聞こえないような小さな声でささやく。

「私、知ってるの。葵さん、小学校のとき、いじめられてたんでしょ」

その言葉に背筋がすっと寒くなった。

思い出したくない記憶がよみがえってくる。

「しかも、中学では毎日のように夜遊びしてたって。いつも先生に目をつけられてた、って話じゃない。」


なんで私らの家に、あの子を置いておかなきゃならないんだ。

母親は今頃遊び歩いてるんだろ。


あんたの居場所なんて学校になんてない、帰れ!帰れ!


家にも学校にも居場所がなかった、あのころ。


「そんなこと、、、今は関係ないだろ!!」

まあさは自分でも驚くほど大きな声がでた。それを聞くやいなや、依はさっとボールを奪い、ドリブルを始めて走り出した。すかさず、まあさも後を追う。


なんで、なんであのこと、こいつが知ってるの。


すぐに追いついたまあさがボールを奪ってゴールに向かう。

シュートを打とうとして、依に阻止される。

二人の実力は拮抗していた。なかなか決着がつかない。

周囲で観ていたクラスメートたちも、白熱した試合に固唾をのんで見守っていた。

そのうち二人とも息が上がり疲れがみえてきたが、両者とも譲らない。

授業終了のチャイムが鳴っても、決着はつかなかった。

試合をやめようとしない2人に、しだいに周囲もざわつき始めた。

ついに勢いあまって、思いっきり二人がぶつかり、倒れこんだ。


「なんだ、なんだ、どうしたお前たち。けがはないか」

戻ってきた先生が声をかけてきた。

そして、起き上がりながら依が言ったのだった。

「葵さんが、無理やりぶつかってきたんです。」


なにそれ、喧嘩売ってきたのは、そっちじゃない。


気づいたら、まあさは依に平手打ちをしていた。

思うより先に手が出てしまっていた。

頬を抑えて、依がこちらをじっと見る。

まあさはいたたまれなくなって、その場を走り去った。



どれくらいの時間が経っただろう。

「どうしました?」

学園長の声がして振り返った。

まあさは、いつもの中庭に来ていた。

雨がしとしとと降っていた。

「傘もささず、体育着のままで。まだ学校は終わってないでしょう」

そういいつつも、学園長はいつものやさしい笑顔だった。

「せんせー、わたし。。。」

まあさはそう切り出すと、ほろほろと泣いてしまっていた。言葉が続かなかった。

そっと学園長が傘を差しかけた。


手をだすのではなくて

ちゃんと、相手とは言葉で話すんだって。

そうなれる自分になりたいと思っていたのに。


「、、、もうしないって決めたのに、、、」

それしか言えずに、ただ泣き続けるまあさのそばに、学園長はいてくれた。黙ったまま。


学園に来て1年半。あの頃と何も変わってないよ。



放課後、亜衣はまあさのクラスを訪ねた。

気が向いたので、たまには一緒に帰ってみようと思ったのだ。

教室を覗くと、まあさの姿は見当たらず

キョロキョロしていると

クラスメートと思しき女子2人組が教室から出てきた。

「あれ?1年生?」

「あ、はい!」

亜衣が答える。

「まあさちゃん、、あ、いや、、葵先輩いますか?」

その問いに、女子2人は顔を見合わせた。

「あー、葵さん?体育の授業のあと戻ってきてないよ?」

「、、、え?」

「なんか、依を平手打ちして、謝りもしなかったって」

事態が飲み込めない亜衣をよそに、2人は話し続ける。

「とっつきにくいなぁ、とは前から思ってたけどねぇ」

「手が出るような人だったんだねぇ。顔だけだよね、あの人。」


「葵先輩を、悪く言わないでください」

気づいたら、つい、亜衣はそう言っていた。

「何かの誤解です、まあさちゃんはそんな人じゃない」

まあさちゃんは、あの入学式の日、

右も左もわからない私を見つけて、案内してくれたから。

女子二人組が顔を見合わせる。

「なに?急に来て生意気じゃない」

「あなたなんなの?」

あ、、、まずい!

そう思った時。

「霜月さん」

声がして振り返ると、

そこには五十嵐くんがいた。

「五十嵐くん!」

「お話は終わりましたか?」

五十嵐くんはにっこりして、女子二人組に話しかけた。

「え、、、まあ、、、」

「じゃ、いきますよ、霜月さん。」

そう言って歩き出す五十嵐くんのあとを、亜衣は慌てて追った。


早足で先をゆく五十嵐くんをしばらく追いかけ、ようやく、隣に追いついた。

そして、亜衣は聞く。

「どうしてあそこに…?」

「さあ?どうしてでしょう」

「そんな試すようなこと言って!!」

亜衣が、ムッとすると

「これ。」と五十嵐くんが、カバンを掲げた。

「まあささん、今日は学校戻れそうにないから、取ってきて、って父さんに頼まれたんですよ」

そうか、五十嵐くんは学園長の息子だから。

「まあさちゃん、なにがあったんだろ。」

「、、まぁ、いろいろあるんですよ、きっと」

ふーん、と亜衣はとりあえず飲み込んだ。

あまり踏み込みすぎてもいけない気がする。

「それにしても。」

そっと、つぶやくように五十嵐くんは言った。

「変わらないな、、、」

「、、、?、、」

「なんでもない、、、」



雨でびしょぬれになってしまったので、まあさは寮の部屋でシャワーを浴びた。出てくると

亜衣が帰ってきていた。

「まあさちゃん、ただいま。これ荷物だよー」

そう言ってまあさの机の上においたカバンを指す。

「あ、とってきてくれたんだ。」

「んー、正確には、五十嵐くんが取ってきた!」

「あ、智也くんが。そっか、、、」

きっと学園長の指示だ。ちょっと申し訳ない気持ちになった。

「まあさちゃん」

亜衣が声をかけた。ん?と亜衣の方に顔を向ける。

「あの、何かあったら、私でよかったら話聞くからね!言ってね!」

真っ直ぐにそう言った。

じんわりと、温かいものが広がる。


決めたんだ。今度こそ。

ちゃんと気持ちは言葉にするんだって。


「ありがと、、、。「亜衣」」


「!!!!まあさちゃん、今、名前で!」

「うるさい!いいでしょ!」

照れるまあさをみて、亜衣はニコニコ笑っていた。


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華と月と、斬れぬ縁。 mammy @mammy78

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