小さなヴァンパイア


 戦争が終わったわけじゃないけど、求めている「モノ」が見つかったということで、僕は戦場から魔術学院へと戻った。


 出来も悪いし性格も悪い僕を、学院の先生たちは傭兵に出して、これで厄介払いができたとそう思っていたみたいだけど。


 生きて帰ってきたのは僕だけで、ほかの学生は行方不明か死亡なんていう報告を受けて、先生たちは僕の顔を見てため息をついていた。


 同じように僕も、ため息をついてベッドに寝転んでいた。自分のオーラが確定していないから、戦場に出れば進路のことはしばらく放置できると思っていたけど。あれから一ヶ月も経っていないなんて。放置どころか、切羽詰まってるじゃない。


 魔術学院のカリキュラムを終了した魔法使いの進む道は4つ。

 進学。

 就職。

 留年。

 退学。


 久しぶりに寮のベッドに横になり、4つの選択肢を呪文のように口に出した。


 つい最近起きた不思議な出来事。ジュエルという物質。ギンガさんのオーラ。僕は無色のオーラに包まれているっていう、あのドワーフの言葉がすごく気になる。


 ってかやっぱり、オーラが確定しないと進学はできないし就職だってムリだ。だったら留年?でも成績は良いんだ、留年なんてダサい。ムリ!


『それなら、辞めろよ』


「へっ?!」


 僕は閉じかけていた目を見開いた。


 ここは国立魔術研究所の寮。嫌われている僕は一人部屋で、一番人通りの少ない廊下の角部屋だ。滅多に人なんて来ない。5年に進学してからは誰も来てないし。

 天井はいつもと変わらない魔術学院の教室と同じ模様で、備え付けの勉強机とクローゼット。変な感じはしない。


 ベッドだって変わらない。


『そうキョロキョロすんな。お前が昔から妄想してた方法で迎えに来てやったのにさ』


 昔、僕が妄想していた方法……

 それは、窓からやってくる。僕は枕元にある窓に意識を集中させた。


 コンコン


 窓ガラスをノックする音が聞こえる。


 そう。僕の思い描いていたとおりだ。僕が昔、小さかった頃。現実から逃げるため、寝る前に考えていた事。


 魔法使いが夜中にやってきて、僕を新しい世界に連れて行ってくれる。そこで僕は、他の魔法使いが使ったことのない魔法を簡単に使って、たくさんの仲間ができて楽しく暮らしている。


 施設でも僕は浮いていたからな。こんな考えで気が紛れるなんて、ただの子供じゃん。で、これを知ってるのは施設長だけ。ってことは、窓の外にいるのは施設長か。


 関係者以外立ち入り禁止のこの学園に堂々と侵入ですか。半バンパイアの施設長。


『相変わらず生意気な。お前とじっくり話をしたいと思って来てみたら、昔より性格が悪くなったんじゃない?友達いねぇだろ?』


 僕は寝返りをうってそれを無視した。


 施設長とじっくり話なんて。いろいろ知ってそうだけどなんか嫌だ。このまま寝よう。僕は目をしっかり閉じて、シャッターもしっかり下ろした。


「あーあ。なんだこの部屋……一人部屋ならもっと堂々と入ればよかったな」


 バサバサッ


 と、懐かしい翼の音が。それと同時に、耳元で聞こえる澄んだ声。たまらずに僕は起き上がった。


「やめてください!もう悪いことはしませんから、離れて!」


 施設長は昔のままの姿でそこにいた。

 いたってか、さっきまで僕の首筋にかぶりつこうとしていたのを突き飛ばしたから、床に転がっていたけど。


 キュンキュンと犬が怯んだような声を出しながら、こちらに潤んだ青い瞳を向けている。忘れもしないよその顔。


「見た目がぜんぜん変わってないところを見ると、まだお仕置きって言って血を吸ってるんですかね」


「そうだ。言う事を聞かない奴にはあれが一番だ。オレの栄養にもなるしな」


 施設長は立ち上がりながら服についたホコリをはらった。コウモリくらいの、小人より小さな体。金髪の髪の毛に白い肌。華奢なイケメン少年は、昔と何も変わらない姿で僕に微笑んだ。口元からは、あの小さな牙をのぞかせて。足元まである長いマントは、空を飛ぶ漆黒の翼に変化する。


「どう?話す気になってきた?」


 イタズラ好きの子供のように施設長は笑った。


「いったい何なんです?会いにくるなら昼間に……あ、昼間はダメなんでしたね」


「そうそう。なんか歳とったからか知らねぇけど、最近本当に昼がキツくて。てか、アランちゃん背伸びたねー」


「やめてくれますか、その呼び方。背は普通ですよ。施設長が小さいだけです」


 ふーん。

 と、施設長は鼻を鳴らしながらベッドに降りて上を向き、部屋中を見回している。この人形のような小人が、1000年以上生きてるなんて。


 保護施設ジャックブレイカーの施設長、セバスチャン・ジャックブレイカーは、魔法使いとバンパイアのハーフだ。それと、ひいおじいちゃんが小人族らしく、妖精と結婚して更に小さくなる血が混ざったとかで背丈は数十センチしかない。


「それでさー。レリオンから聞いたんだけど。ここを出て、あいつのところに行きなさい」


「はぁ?」


 レリオンって?


 いきなり何なんだ?僕はベッドから出て、机の横にある椅子に座った。


「あのドワーフのじじいいだ。ギンガもレリオンのところに行って魔法使いらしくなった」


「ドワーフのじじいいって。施設長も相当年寄りのくせに」


 あいつはオレの2倍は生きてる。施設長は言った。


「この第3の世界の歴史はまだ知られていないことだらけだよ。人間の魔法使いは、自分たちがこの世界をまとめているように思ってるみてーだけど?」


「へぇー」


「人間が魔力を持つようになったのもジュエルのせいだ。レリオンの種族は、この第3の世界が出来てからずっと、ジュエルに関する秘密を守ってきた」

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