お別れと引っ越し

「へぇ。でも、どうして僕にこんな話を?」


「アランちゃんはねぇ、こっち側の人間みたいだから」



 それまで部屋中をキョロキョロしていた施設長が、僕をじっと見つめながら言った。青い瞳が笑っていない。説教をされる前にするあの顔だ。


「こっち側?なんとなく、この前の件で普通じゃないっていうのは分かりましたが」


「あーあ。お前のその態度。自信満々で相手を見下すような感じ、やめなさいってずっと言ってたよね?」


「はい。でも、そう簡単に直るものじゃないからともおっしゃっていましたよね」


「そうだけどさー、やっぱりムカつくんだよね」


「はい。もう、そう言われるのも慣れましたから。それで?」


 眉をひそめて機嫌が悪くなったときの顔つきのまま、施設長は話し始めた。


「アランちゃんはそこら辺にいる普通の生き物じゃないって話。だから人間が決めたオーラもないし、なんていうか、周りに馴染めないっていうか。ジュエルの耐性があるのも、こっち側の証拠だし」


 こっち側 がよくわからない。


 説教モードの施設長は偉そうに足を組んで、その上に指を組んだ両手をのせる。大事な話をするときのポーズだ。


「ジュエルの耐性を持っているということはね、アランちゃんの種族がジュエルの持ち主だってことなんだよね。だから、普通の人間じゃなくて第3の世界でもともと生きていた生物の血を引いてる、みたいな」


「へぇー。でも、僕って人間っぽい見た目ですけどね」


「元々第3の世界にも人間っぽい見た目の生物は山のように住んでいたよ。で、ジュエルの持ち主はそれを悪用する奴から守らなくちゃいけない」


「悪用?」


「全部オレが話すのは面倒だからだから、レリオンのところに行けって言ったんだ。本当の第3の世界の歴史を学んでお前の生まれた意味を知りなさい」


 急に施設長の口調が優しくなった。説教モードの空気はなくなり、僕はある事を感じていた。


「施設長。僕はこれからの進路に迷っていたので、そのレリオンのところに行こうと思います。で、まだ何か話したいことがあるんでしょ?」


 施設長の口元が歪む。


「そう。オレも友達少ないから、世間話をしたくて」


「へぇー、誰か言うことの聞かない問題児でもいるんですか?」


「アランちゃん以上の問題児はいないよー。そういう悩みじゃなくてさ。オレ、そろそろ死ぬみたいだ」


「また何の冗談を。そんな感じしませんよ」


 と、僕は言ったが。ずっと引っかかっていたのはこれか。


「不死のバンパイアの血が流れてるんでしょ?」


「まぁ、不死ってのは嘘みたいだね。普通の生き物よりも、なぜか寿命が長いってだけだな。それが珍しかったのか、神様もこの体に興味を持ったのかもね。

この前、第2の世界からの迎えが来た」


「神様が興味を持ったって、急にどうしました?第2の世界って何です?」


「知らないだろ?第2の世界っていうのは、神様のコレクションボックスだ」


「はぁ」


「アランちゃんは人間の魔法使いとして人間の歴史を勉強してきたと思うけど。それとは全く別の話」


 施設長は組んでいた足を延ばし、薄ら笑いを浮かべたまま話し始めた。


「第3の世界で生きている生物は、寿命が来ると第2の世界に送られて永久保存されるんだってさ。それも、神様が気に入った種族だけ」


「そんな話、聞いたことないですけど!」


「だから、歴史は力のあるやつが作り変えられるって言ってんだろ。あとはレリオンに聞きなさい。オレは他の生物の血を吸ってれば、もう少し生きていられるものだと思ってたよ。嫁さんは血を好まなかったから、もうずいぶん前に死んだ。今じゃ子供の方がオレより老けてるしな」


「施設長、結婚してたんですか!しかも子供までいたなんて。絶滅危惧種の最後の一匹だとばかり思ってましたけど。子供は安全に暮らせているんです?」


「子供は魔法使いとして国で働いてる。と言ってもこんな見た目だと珍しがられるだけだから、素性は隠してるらしいけどね。」


 僕は神様のコレクションボックスの意味がよくわからなかったし、その世界に行くってことが死ぬことなのかよくわからなかった。だけど、施設長のモヤモヤした感じがなくなったから、なんだかすごくいい事をしたような気分だった。


「ま、そんなわけだから。もうアランちゃんに会えなくなるかもしれないと思ってね。最後に血吸わせてよ?」


「何言ってるんですか!気持ち悪いからやめてください。もう、あのドワーフの住んでいるところを教えてくれたら帰ってください」


 施設長は何だよ、いいじゃん少しくらい…と、ダダをこねている。いつの間にかマントが漆黒の羽に変わり、捕獲モードに入っていた。


「じゃ、レリオンの所にこの部屋ごと移動してあげる。学院には、オレが保護者として退学しますって言っておくから」


 空中に仁王立ちになった施設長が言った。保護者って。まぁ、そうだけど。


「この部屋ごとですか?じゃぁこの部屋はどっかに行っちゃうんですか?」


「この部屋はこのままだよ。お前の体だけ、移動させることができるんだったらそうしたいんだけどな。あいにくレリオンのいる施設は警備が厳重でな。アランちゃんみたいなオーラが変な子がふらっと立ち寄れる所じゃないわけ」


「警備ですか」


「だからなんて言うの?さすが国の施設だよね、この部屋は魔力を大っぴらにしないというか、オーラを外に出さないような工夫がされてる作りなんだよね。身を隠すにはぴったりなわけ。だから、そのドアを開けたら警備に引っかからないでレリオンの所に行けるようにしてあげるよ」


「うーん、よくわからないんですけど。施設長ってそんな魔法使えるんですねぇ。僕はてっきり他人の血を吸ってるだけだと思ってましたけど」


 そんな話をしているうちに、部屋の空気が変わった。嫌な感じじゃない。だけど気持ち悪い。


「あー、アランちゃんのオーラが邪魔でうまくいかない。悪いけどちょっと寝てて?」


 ドサッ!


 僕は施設長にベッドに放り投げられていた。よく見えなかったけど、たぶん翼が大きな腕みたいなものに変化して、僕をなぎ倒した。


「何するんですか!?」


 次の瞬間、施設長の顔が目の前にあった。見えない力で上から押さえつけられていて、顔の前に浮かんでいる施設長を払いのけられない。その口が動き、低い声で囁かれる。


 施設長の声には催眠効果があった。そのおかげで、言うことの聞かない子供もうまく躾けられる。


「アランちゃん。寝なさいって言ったでしょ」


 施設長の声が脳内に入り、僕を支配し始める。昔、何度もこれから逃れようとしては失敗し、よりキツイお仕置きをされたのだ。


「だから反抗するなっての!薬、入れちゃうよ?」


 第2の世界とか、ジュエルを守るとか、ただの人間じゃないとか、施設長が死ぬとか。僕は疑問がたくさんあって、まだ寝たくない。


 でも、もう声も出せない。施設長の能力に犯されて意識を失いつつある。


「アランちゃんに危害は加えないから。おとなしくしてなさい。これからはたくさんの仲間に囲まれて、新しい生活が始まるんだから」


 お前の妄想通りにな。


 施設長がそう囁いた。次の瞬間、僕の首筋に冷たいキバが刺さる。


 痛くはない。昔と変わらないこの感覚。なんだか哀しくて、全部忘れて逃げたくなるような、とても辛い感情のようなものが流れ込んでくる。


 血を吸うと同時に、施設長は「薬」と呼ぶ不思議な魔法をかける。それは施設長の催眠効果のある声と共鳴して、その体を自由に操ることができるのだ。


 や・・め・・・・


 そうして、僕は意識を失った。




 ◆




 施設長セバスチャン・ジャックブレイカーがアランの首筋から顔を離すと、そこには小さな2つの赤い刺し傷が。もう抵抗することのなくなった彼の体から離れてもう一度宙に浮かぶ。


 アランが意識を失ってから、少しずつ部屋の輪郭が光り出していた。


「まったく。最後くらい大人しく言う事を聞いてくれればよかったのに」


 動かなくなったアランを見下ろしながら、セバスチャンが言った。


 その間に、光っていた部屋の輪郭がだんだん太くなり、次第にズレて2重になったり戻ったり。ゆっくりと、上下、左右に揺れ動く。


 いま、アランの部屋のモノは全てが2重になり、全体が金色の光に包まれていた。


「さあ、できた」


 セバスチャンがそう言うと、金色の光に包まれた部屋がズレて少しずつ宙に浮いていく。元の部屋はそのまま、抜け殻のように下にあった。

 金色に包まれた半透明の部屋が浮き上がり、ベッドと一緒にアランも浮き上がる。


 セバスチャンが大きく息を吸い込むと部屋のズレは大きくなり、ドクン!と、空間が歪んだ。

 そうして、一瞬大きく歪んだ部屋は何事もなかったかのように光を失った。アランもベッドに横になったままだ。


「終わったかねぇ」


 カサカサした声がする。何事もなかったように部屋の入り口から入ってきたのはあのドワーフだった。


「あぁレリオン。あとは頼んだよ。念のため、自分で身を守れるようになるまで外に出さない方がいい」


「お前さんもあちらの世界に行くのか。まだこの世界でやることがあるじゃろうに」


 意味ありげな目つきでレリオンが言う。


「そのためにこいつを置いていくよ。きっと役に立つ。できる事はやったけどな、ナナハの動きはもう俺には制御できないし、先手を打たれていたらオレのこの体もどうなるかわからない。こいつと周りが何とかしてくれることを願う。お前は絶対に死ぬな」


 レリオンが返事をする前に、セバスチャンは消えた。


「正気か、セバスよ」


 何もない宙にレリオンはそうつぶやいた。


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