Ⅳ
最初の人間の子孫
「いい加減目を覚まさぬか!いつまで寝ておる」
僕のぼんやりする頭の中に、カサカサした声が聞こえる。
あぁ。ドワーフのところに来たのか。
と、思ったのも一瞬のことで、次の瞬間には僕の体から布団が剥ぎ取られ、ひどく体を揺さぶられた。意外と力があるんだな。
「まったく。時間はあまりないのじゃ。着替えたら廊下の奥にある部屋に来なさい」
あの密林地帯で見たドワーフが、白い白衣を着て立っていた。全く、今の若いのは……と、小言を言いながら部屋を出ていく。
取り残されは僕は、とりあえず床に落ちている布団をベッドに戻してクローゼットを開けた。あれ?クローゼットの中身、変わってる。学院の制服しか入っていないはずなのに。
制服とは違う深緑色のローブとスラックス。ちょうどいいサイズのシャツとローブと同じ色のベスト。僕はそれらを身につけて、寝癖のついた髪を撫でながら部屋を出た。
「うわ、なんだここ」
そこは今までの寮とは違う風景で、部屋を出ると目の前には妙に幅の狭い廊下があった。廊下というか、建物と建物を繋ぐ通路のような感じだろうか。両サイドにずらりと並ぶ大きな窓から差し込む朝日が眩しい。
ここはどこかの森の中のようで、僕は大きな窓と灰色のレンガでできた細い通路を進んだ。
一番奥まで進むと、そこには銀色の扉があった。いくつもの複雑な魔法陣が重なり合うように彫刻されていて、触るのが怖い。僕はそうしてしばらく扉の前に立っていた。
『何をしておる。早く入ってきなさい』
ドアの奥の方から、あのカサカサ声が聞こえる。って、入るもなにもドアノブもないし。
「あのー、これ、どうやって開けるんです?」
『おぉ、まだ見たことがなかったかの。これは第3の世界の「扉」じゃ。不適合者はここから先には進めん。そのまま進んできなさい』
「へぇー」
って、不適合者って。いきなりテストみたいな。こんな硬そうなところに突っ込んで行けって?
『なんじゃ、怖いか、若いの。迎えに行くかの?』
「いえ、今行きます」
僕はドワーフのバカにしたような話し方が気に障り、勢いでその扉に進んでいった。
◇◇
『うわぁ、新しいヤツが来たよ』
扉の中に入った瞬間だった。硬そうな銀色の扉にスっと吸い込まれ、その瞬間におかしな声が聞こえた。
妙にエコーがかかった脳内に響く声。周りは真っ暗で何も見えない。
だけど、不思議と足は止まらない。ただの扉ではなく、どこか別の空間を歩いているみたい。出口のほうに勝手に足が進んでいくみたいだ。その間も、おかしな声が響いてくる。
『ねぇ…?どこの子?人間?人間はダメだよ。ただの人間はここで殺さなきゃ。
え?…違うんだって…コイツ!最初の人間の子孫だって!
嘘だよ、そんなの滅んだもん。
でも、おんなじ匂いがするよ。ほら…やっぱり…』
◇◇
次の瞬間、僕は扉を抜けていた。
そこは豪華なお城のエントランスだった。上を見ると、高い天井にきらびやかなシャンデリアが。目の前には螺旋階段がどっしりと構えられ、両サイドには小さなドラゴンの像が置かれていた。
ずっと上の階まで吹き抜けになっていて、床は全て真紅の絨毯。いたるところに高そうな置物が置いてある。
「いつまで口を開けておる。お前の勉強部屋はこっちじゃ」
その声で我に返った僕は、目線を下に向けた。そこにはあのドワーフ、レリオンが。縮れたあごヒゲを指で触りながら僕を見上げていた。
「今のは一体?」
僕の言葉を聞いているのかいないのか。レリオンは僕に背を向けてトコトコと歩き始めた。そのまま正面にある螺旋階段を登り始める。
「さっきの声は第3の世界の扉の声じゃ」
「第3の世界の扉とは何なのです?」
「入った生物を丸裸にする扉じゃ」
「はぁ」
レリオンは手すりの柵につかまりながら階段を一段一段上がっていく。背がとても小さいせいでずいぶん登りづらいようだ。
「あのー、よかったら、僕が抱えて登りましょうか?」
声をかけると、レリオンはより一層カサカサした声で、年寄り扱いするなと怒鳴った。
「第3の世界の扉というのは、この世界に生きている生物のみが通り抜けることのできる結界のようなものじゃ。これでほかの世界のものは排除できる。同時に、そやつがどんなモノなのかも判別してくれる」
「どんなモノって……」
「お主は最初の人間の子孫と言われたであろうに」
「はい。全く意味がわかりませんがねぇ」
螺旋階段はまだまだ続いている。
「これからお主にはこの第3の世界のことを学んでもらう。魔法使いらしい勉強はそのあとじゃ。今まで学んだことは一度忘れるといいじゃろう」
「はい。努力します。あのー、いつもここを上り下りしているんですか?」
「いつもはこの前のように研究室ごと呼び出されるか、結界でつながった扉で移動しておる。今日はお前さんがいるからわざわざ出向いてきたんじゃ」
「それはどうも。結界でつながった扉っていうのは第3の世界の扉のことでしょうか?」
「いいや。あれは、第3の世界の生物とただの魔法使いを判別するようなもの。特別な扉じゃ。結界でつながった扉はこちら側の世界を自由に移動できる、ただの移動装置でな。無理矢理ではあるがセバスがおまえの部屋をこの施設の端に繋げたじゃろうに」
「なるほど。やっと何をされたのかわかりました。施設長って意外とちゃんとした魔法使いだったんですね」
レリオンは相変わらず、階段を一段ずつ一生懸命登っている。ゴールはもうすぐだ。
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