元通りのジャングル


 まるで何かに頭の中を握りつぶされたような。これまで感じたことのない感覚に、吐きそうになる。


 一瞬だけ、次の瞬間には体の感覚が戻って、気がつくと頭をブンブンと横に振っている。でも、それもほんの一瞬で。頭を振っていたという感覚はすぐになくなり、またすぐに宙に浮いた感覚に戻ってしまった。


『今、ジュエルに触ってみたんだが。それだけで感覚が戻ったのか?色は?』


 色も多分ありましたねぇ。僕のローブ黒だからよくわかりませんが。ギンガさんはもしかして、ジュエルの力を抑える能力とかあるんですか?


『そんな能力はない。私はただ、左目が見えすぎるだけだ』


 へぇ。でも、さっきよりだいぶ楽になりましたけど。何かに全部吸われたし、危険信号はもう発してません。


『楽になったのか?私はまだ、空気が重くて上手く魔法が使えないが。とりあえず、触ってみるか』


 ってか、そのジュエル、あなたのものじゃないですか?そして、左目が見えすぎるって言ってましたけど、そこに何か吸い込んだりする能力ってないですか?


 鋭い視線で、ギンガさんがこちらを振り返るような感覚がした。ジュエルに伸ばした手を戻し、僕を凝視している。明らかに動揺して、びっくりしている。そんな感じがした。


『そんなわけはない。未発見のジュエルがこの世界にはまだたくさんあるという事はわかっているが…オレはただの魔法使いだ。それにこの目の力…』


 そうですか。ギンガさんもジュエルに対する耐性っていうのがあるならそれで収まっただけかもしれないですけど。もう、危険なオーラはなくなりましたよね?


『確かにな。体のだるさが徐々に抜けてきている。とりあえず、触ればいいんだな?もう嫌な感じはしないんだな?』


 珍しくギンガさんが躊躇している。ただ、それはあなたのものという感じがするんです。


『俺が触るだけで力が収まるのか?そもそもなんでそんなことがお前に分かるんだ?』


 いやーすみません。もう危険な感じはしないというのは確かなんですけど、あとはそう感じただけなので何とも…

 僕がそう思うか思わないかの間に、ギュルギュルと脳内が掻き回されるような感覚がした。嫌な感じじゃない。でも、気持ち悪い。

 なんて言うか、いろんな色とか音がすごい速さで流れ込んできて…………


 すると。

 僕は、腕組みをして立っていた。


 まだ夜が明けていないようで、薄暗い森の中だった。周りは毒々しいほどの緑色をした密林地帯の植物に囲まれて、数メートルほど茶色い地面が顔を出している。ジャングルにありがちな生き物の鳴き声も聞こえる。

 真っ白な空間から急に色のある世界に戻ってきて、僕は眩暈がして足元から崩れ落ちてその場にしゃがみ込む。


 広場の中央には、折り重なるように黒いローブを着た魔法使いが倒れていて、ギンガさんは僕に背を向けて彼らの前に立っていた。


「聞こえるか?アラン」


 背を向けたまま、ギンガさんが言った。


「はい…全て元通りですかね」


 あぁ。やっと戻った。声が出る。聞こえる。体が動く。


 こちらを振り返ったギンガさんの手には、握りこぶしくらいのサイズの石が。真っ白で、光沢のない白い石を握りしめていた。


「どうする?」


「へぇっ?!」


「何か感じないか?大丈夫かこれで?」


 ギンガさんは片手に白い石を握りながら、もう片方の手を僕に差し出した。その手を握り、重い腰を上げる。


「何かって……今はさっきまでの気持ちいい感じも、重い空気もありませんし。いたって普通です」


「試しに地面に置いてみるか」


「はい。多分何も起きませんよ」


「なぜそう分かる?」


「いやぁ、なぜって言われると……なんか胸騒ぎがしないので、大丈夫なはずです」


 ギンガはそっと地面にその石を置いた。


 ・・・


 何も変わらない。


「ほら、もう大丈夫ですよ。何なのかはわかりませんが、早く倒れている人を助けましょう」


 ギンガさんは白い石を拾い上げ、ローブのポケットに入れた。


「こいつらは違う区域の魔法使いだ。着ているローブが違う。人間の魔法使いには違いないが、敵対する区域だったら厄介だから中立のものを呼ぼう」


「なんか言葉通じなそうですもんね」


「そう感じるのか?」


「あ、何となく」


 ふっ と、ギンガさんは鼻で笑った。深く被った帽子で顔がよく見えないけど、まだ口元が笑っている。そのまま地面に手をつくと、さっきと同じ銀色の光で魔法陣が描かれ、先ほどと同じ白い建物が出てきた。


「終わったか?」


 ドワーフのじいさんが、ゆっくりと扉を開けてそう言った。


「こいつらの治療を頼む。それと、止めたのが新しいジュエルかもしれないんだが」


「どうりで。あとは任せてもらおうか」


「私のオーラはどうなっている?」


 ギンガさんは先ほどポケットにしまった白い石を取り出した。


「いやぁ、驚いた。初めて会った時のようだよ」


 僕にはわけがわからなかったが、ギンガさんはそうかと言いながら、ローブのポケットから石を出す。ドワーフが水晶のような透明で丸い球の中に、白い石を閉じ込めると、さっきも見た小さな妖精たちがそれをふわふわと運んで、あの白い建物の中に入っていった。


「戻るぞ」


 そうギンガさんに言われて、僕は顔を上げた。今日はいろいろな事があったけど、今日一で驚いた。


 これが、オーラ?


「そうだ。私はこんな複雑なオーラを持っている。私のオーラが見えるということは、やはりお前も何かある」


「何かって……」


 赤・黄・緑・紫・橙・藍・黒・青・白・金・銀……無数の色がギンガさんの周りで渦巻いている。


 魔力のあるものは全てオーラを放っていると言われているけれど、ほとんどのオーラはこんなにはっきり見えるものじゃない。なんとなく感じ取るものだ。


「これが俺の名前の由来だ。宇宙のようだからギンガとな。施設長が人間のどこかの国の言葉で付けた」


 確かに。すべてを飲み込まれそうな恐怖も感じるけど、神秘的で繊細な感じもする。ずっと見てたら酔いそう。


「こんなオーラの子供が生まれてきたら親も困るだろ?」


 ギンガさんは帽子をかぶり直した。少しずつオーラの色が薄くなっていく。


「目が原因ですか?」


「まだよくわからない。昔は目を隠してもあれがずっと出ていた」


「へぇー」


 やっと全部の色が引き、僕は肩の力が抜ける。すると、ドワーフがカサカサした声で言った。


「あれの制御の仕方を教えたのはわしじゃ。次は若いの。お主のオーラに興味がある」

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