浮遊するスピリット

 開けた場所に出た。ギンガの足が止まり、僕も横に並ぶ。僕たちは今、光の中心に入った。さっきまではかろうじて色があったけど、この光の中は真っ白だ。草も木もまるで色を塗る前の絵のように、色が抜けている。


 覚悟をして光の中に入ったけど、思ったより空気は重くなくて、光の周りよりも若干動きやすいような気もする。


 しんと静まり返った白い場所。


 色はないけど、周りはたぶん木に囲まれていて、コケの生えていない硬い地面だろう。


「・・・・」


 声が聞こえない?ギンガに「どうしますか」と話しかけた自分の声が聞こえなかった。何なんだ?


『焦るなアラン。これがこのジュエルの力だろう。発動を止めれば音も聞こえるようになる。まずは落ち着いてシャッターで会話しろ。わかったらもう少しまともな顔をしろ』


 ギンガの声が頭の中に流れてきた。僕は見開いた目を閉じて腕組みをした。


 シャッターを開く。下ろす。


 魔法使いと認められる第一の条件がこれだ。今は調節をしている余裕はないからシャッターを完全に開けて、僕の思っていること、感じることを全部ギンガに伝えよう。


『そうだな。前も言ったが目上の人には一応敬語だ。名前を呼ぶときは隊長とか、さんとか付けるようにした方が嫌われないぞ』


 そうだ、隊長だった。ごめんなさい。


『冗談だ。まず、色は見えるか?』


 みんな真っ白ですねぇ。ってかなんか生気がないって感じ。なんかどこかに行っちゃって、抜け殻だけ残ってますよみたいな。


『そうか。では、この先に何か見えるか?』


 いやぁ……この先って。この辺に草とか木が生えていて、先はずっと白いだけですね。あれ……?なんかそういえば、さっきより周りの木が減ったような……地面の境目も曖昧になってきましたね。


 ギンガさんは僕の前に手を出した。ここから先に進むなということか。


『そうだ。俺にはまだ見えている。この広場には魔法使いらしき人が3人いる』


 うそっ!何も感じないし見えないけど。


『このジュエルの形は、何にも加工されていない原型のままのようだ。石のようなものを持ったやつがいる』


 いるって、ギンガさんの目は一体どんな力があるのか知らないけど。加工されてないって何?


 あぁ、なんかさっきより一段と白い感じがする。なんか、吸われてる感じがする。


『そうだな。いろいろ吸われてるな。おまえ、そろそろ俺の姿が見えなくなるんじゃないか?』


 えぇーそういえば!ギンガさん、僕ヤバいです。ギンガさんの姿どころか、自分がなんか宙に浮いてるような感覚になってきました。もう、後ろに戻るとか、そういうレベルじゃなくて……


『落ち着け。お前が本当に浮いているわけではない。そういう感覚になっているだけだ。ただ、気を失う前になんとかする』


 ギンガさんの声が頭の中で響いている。


 僕にはもう、周りの草なんて一本も見えなかった。もちろん、ギンガさんの姿も。ただただ真っ白で、無音。

 僕は掌を見ようと目の前に腕を上げる。頭では確かに、僕の脳は確かに僕の体を動かして、腕を上げたはずだけど。


 体には感覚がない。腕も見えない。


 下を見れば、ダサいローブを着た体が見えるはずなのに跡形もない。僕は白い空間に浮いているみたいで。体はなくなって、まるで魂だけがそこにあるみたいに。


『大丈夫か』


 無の空間に、声が響いた。よかった、ギンガさんその辺にいるみたい。


 あれ?そういえば、空気の重さが急になくなったな。なんか、全部なにかに吸われたみたい。とにかく一瞬で吸われて、もう完全に吸い終わったって感じ。


『とりあえずジュエルは見つけた。原型のまま発動されたからこんなに力が強いんだろう』


 原型のままって何ですか?やっぱりジュエルって言うだけあって光ってるんですか?


『ジュエルはこの世界に住む生物が管理していると言っただろう。昔からその生物が守ってきたものだ。当然、いい力のものを自分のものにしようとする生物もいる。

 未発見のジュエルも、何かしらの力を秘めてこの世界に存在しているんだが、そんなジュエルは存在しているだけでいいんだ。誰かがそのジュエルを見つけて、使おうとすれば魔力の均衡が崩れて何が起きるかわからない。未知の呪いを解き放つようなものだ』


 なるほど。


『ジュエルを管理する生物は……まぁ、さっきのじいさんを例にあげようか。あれはこのヘブンにもともと存在する生物。人間はドワーフと呼んでいたから、俺らもそう呼んでいるが。彼らもジュエルの管理者だ』


 管理者って。って、こんな話をしていて大丈夫なんですか?僕はどんどん宙に浮いているような気分になってきましたよ。さっきより体が上の方に浮き上がっている感じです。真っ白の何もない空間にしたから風が吹いてきて、空気が浮き上がっているみたいな感じです。


『大丈夫だ。お前はさっきの場所で腕組みをして立っている。ドワーフのじいさんの種族は珍しいジュエルを持っていてな。体も小さいから狙われやすかった。ずいぶん襲われて、争いも起きたらしい。だから奴は思ったそうだよ、そんなに欲しいならくれてやると』


 くれてやる?


『あぁ、これまで必死で存在を隠してきたが、そんなに欲しいなら見てみればいいと、ジュエルを公開したそうだよ』


 公開って何です?見せたってことですか?


『そうだ。見せるだけなら別に損はない。力が減りもしない。それにジュエルは力を宿した物質だ。もはやただのモノではなく生きている。危害を加えようとする生き物に対して、自らを守る力も備え付けられているタイプのジュエルというのもあってな』


 わかりました。ここにあるジュエルもそれですね。敵を排除しようという力が働いて、結局奪いに来たものがジュエルに殺されてしまうと。


『そうだ。だから持ち主か、ジュエルに対する耐性のある生き物しか扱えないんだよ。お前がこの空気の中でまだ立っていられるという事は、お前もその耐性がある』


 ヒヤッ


 一瞬、僕は意識を失いかけた。

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