隊長ギンガ

 ここは第3の世界ヘブン。


 僕がいるのは、第14地区の密林地帯だ。密林地帯と言うだけあって、周りはおかしな植物だらけ。頭の上は緑の蔦だらけで薄暗いし、地面は苔みたいな、すごく滑る植物が生えていて歩きづらいし。

 とにかく暑い。湿っぽい。それに、ここはおかしな結界が張られていて、思うように動けない。


 そのせいかな。魔術学院から一緒に来た魔法使い見習いは、もうずいぶん前にいなくなっちゃったし。どこで倒れているのか知らないけど、誰かに助けられてるといいな。


 あーあぁ…話ができる人もいないし。つまらない。傭兵として魔術学院を出てからもうすぐ10日経つんだけど、毎日毎日ジャングルの中を歩き回っているだけだし。こいつらは一体何をしてるんだろ?


「お前が知る必要のない事だ」


 まただ。


 隊長のギンガは、やたら僕を目の敵にしているようで。めちゃくちゃ冷たいし、何も教えてくれない。いつも深く被っている、大きな つば の三角帽から冷たい視線を感じた。

 この地域で何かを探しているっていうのは、周りの会話を聞いてなんとなくわかったけど、みんなすぐにシャッターを下ろしちゃうから読めないんだよね。


「そろそろ国の境目だ。先に偵察に行っている部隊と連絡が取れるまで待機しろ」


 先頭を歩いていたギンガが言った。

 僕が所属する第2探索部隊は今は12人。はじめは30人近くいたんだけど、いつの間にか人数が減っている。消えた隊員はちゃんと助けられているのかな。

 僕はそんなことを考えながらフードを深くかぶり直し、隊から少し外れて大きな葉の生い茂る木の下に座った。待機しろと言われ、ほかの魔法使いたちはこの数日で仲良くなった人ごとに分かれて遅い昼食を食べ始めている。


 今起きている戦争は、他民族との関わり方の意見の違いとか領土の取り合いとか、学院ではいろいろ言ってたけど。なんか違うような気がするんだよね。

 なんかもっと、もっと違う理由があって争いが起きているような。そもそも僕たちが戦っている相手っていうのも曖昧だし。


「おまえは知る必要がない。まだ知るには早すぎる」


 一人で朝に受け取った食料の包みを広げていると、後ろからギンガの声がした。

隊長のギンガは、顔の半分が前髪で隠れていて足元まである漆黒のローブを羽織っていた。ローブといっても魔法使いらしからぬ装飾がされていて、いくつかのキラキラした派手な紋章が付けられている。それだけ功績を上げてきた優秀な人物ってことか。


「知る必要もない事で、どうしてこんなに大きな戦争がおきているのかなぁと思いまして。あ、でも、この辺は本格的な戦いにならなくてよかったですけどね。僕は魔法がうまく使えないので」


「魔術学院からもらった傭兵のリストに『要注意』と書かれていた。ほかの生徒は知識が浅いとか、何かが苦手とか具体的なことが書いてあるが、おまえは何が出来ないんだ?この結界の中よくついて来ているようだが」


「要注意ですか……僕、全体的に嫌われていたのでそれで済まされたんでしょうねぇ。僕はまだ自分のオーラが確定していないんですよ。そのせいかよくわかりませんが、魔法がうまく発動しないんです」


「確かに。おまえからは何のオーラも出ていない。特にシャッターもがら空きだ」


 シャッターとは、簡単に言うと心の中の壁みたいな感じ。魔法使いになれる条件というのが何個かあるんだけど、その第一の条件が「シャッターが使えること」


 魔法使いは、相手の思っていることを自由に読み取ることができる。会話をして、言葉を口に出さなくても心の中で思っていることを読むことができるんだ。

 心の中を読まれるのを防ぐことは「シャッターを閉める」って言うんだっけ。って、僕が今心の中でこう思ってるのもギンガに筒抜けってわけ。そろそろシャッターを閉じるか。


「一応な、目上の者には敬語だ。しかし、オーラがこうも出ていないとまるで魔力のない人間のようだな」


 僕は昔、国の施設で言われたことを思い出して鼻で笑った。


「そう。人間のようなんですよ。施設長がだいぶ気味悪がっていたようです」


「あの方は変わり者だからな。まだ生きているのか、施設長は」


 ギンガは少しだけ砕けた口調になって遠くのほうを見ていた。

 いつの間にか、ギンガも隣で食料を広げていて、僕は久しぶりに誰かと一緒に食事を取っていた。まぁ、こんなのも悪くないか。施設の先輩だし。


 ヘブンでは孤児がとても多い。一番多いのが、変な能力を持って生まれてきちゃった子供を育てきれなくて、施設に預けるパターンなんだけどね。だから、この世界にはたくさんの保護施設があるんだ。


 名前のない子供も多いから、そんな子には施設の名前が苗字として与えられる。名前はだいたい施設長が決めるみたい。捨てられる前に親がつけた名前をそのまま名乗ってるやつもいるみたいだけど。


 で、僕はアラン・ジャックブレイカーって名前。


 ギンガも苗字がジャックブレイカーだから同じ施設出身なのかなぁって思ってたけど。やっぱりそうみたい。その後は、施設にいた職員の話とかご飯がまずいとか、保護施設ジャックブレイカーについて話をした。


 これがきっかけで僕はそれから一人で食事を取ることはなくなった。僕は自分の性格が悪いことも、みんなに嫌われていることも知っている。


 昔はどうにかして友達を作って、みんなの「輪」の中に入っていこうとしたけどすぐに嫌われちゃうし。自分が悪いって事もわかるから直そうとしたけど性格ってそうすぐ直るものじゃないし。


 だから諦めて、なんとなく一人でいた。


 ギンガという魔法使いは、少しだけ僕が今まで出会った人とは違う。ひねくれた僕と何とか関わろうとしてくれているみたいだ。同じ施設出身ってだけなのかもしれないし、この部隊の責任者ってだけかもしれないけど。僕はうれしかった。

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