無色のオーラ


 国の境目に着いたと言われた日からもう2日経った。相変わらず、変な結界の中にいるから体が重い。


 ほかの隊員たちがイライラし始めて、何をしているのかとギンガにたてつくものも出てきた。それでもギンガは、連絡が来るまで待機としか言わない。そろそろ隊の中でケンカでも起きるんじゃないかなぁと思いながら、僕は眠りについた。




 ◆



 ズン


 その夜。急に空気が変わった。


 僕は急に来た吐き気に目が覚めて、口元を押さえながら上体を起こした。魔法使い見習いの僕は見張り番から外されていて、同じ見習いと一緒にテントの中で寝ている。他の見習い魔法使い達は、まだ何事もなかったように眠っているけど。なにこれ?外は物音ひとつしないけど…大丈夫なの?これ。


 僕は恐る恐る、テントの入り口から顔を出した。


 と。


 今は夜だったはずなのに、この異様な光は何だ?

 昼とも違う、青白い感じの不気味な明るさ。


 僕が寝ていたテントの前には焚き火の跡が。その向かい側には、ほかの魔法使いとギンガの寝ているテントがある。


 見張り役は焚き火の前にいるはずなのに……あ、いたけど具合悪そう。吐いちゃってる。


 僕はテントの外に出た。やっぱりテントには、防御網っていうか危ないものから守る結界がはられていたみたい。外に出ると、よりいっそう空気がおかしい。


「アラン!外に出ていて平気なのか?」


 見張り役に気を取られていた僕は、その声に驚いて大きく肩を震わせた。


「ギンガ隊長!いやぁ……気持ち悪いですけど。テントの中にいても微妙だったので出てきちゃいました」


「無理はするな。こいつみたいに気を失う」


 ギンガは手にしていた戦闘用の杖を消すと、地面に手をついた。


 そこからじわっと銀色の光が地面に広がると、次の瞬間には魔法陣が描かれていて、すぐに魔法陣から白い壁で出来た小さな建物が出てきた。建物と言っても、なんていうか犬小屋くらいの大きさで。うーん、ドアの付いた白い犬小屋にしか見えない。


 すぐに内側からドアが開くと、中から白衣を着たドワーフが頭を低くして出てきた。窮屈そうに腰を曲げて外に出ると、この空気に少しも驚くことなく「こんな夜中に呼び出すな」と、カサカサした声でギンガに言った。


「すまない。治療と分析を頼む」


 ギンガはそう言って頭を下げた。


「発動しているようだな。そなたの目でもわからんなら時間がかかるだろうよ」


 その間に建物の中からは、ふわふわと羽のついた小さな妖精が出てきて、気を失っている見張り役の上をひらひらと舞う。

 何に属している妖精なのかは知らないけど、いい感じの優しいオーラで見張り役が包まれていった。


「ところで、そこの若いの」


 僕はドワーフを見て首をかしげた。


「そうだ、若いの。おぬしは今、無色のオーラに包まれておるが。何か術を使っておるのか?」


 僕はドワーフの皺だらけの顔を見返した。


「無色って……どうゆうことでしょうか?」


 見張り役は、妖精たちに見えない糸で吊り上げられているみたいに宙に浮くと、そっと建物の中に運ばれていく。開けっ放しになっていた犬小屋みたいな建物の小さなドアは、勝手にビヨンと伸びてその見張り役が入れるだけの大きさに広がっていた。


「無意識か。興味深いのぅ……」


「こいつの事は後で頼む。まずはこの光を探ってくれ」


「そのうち泊り込みで来るといい」


 そう言ってドワーフはこちらに背中を向けた。どうやらもう建物の中に入るようで、先ほど見張り役が飲みこまれていったドアに手をかける。

 不思議な犬小屋だな。ドワーフがドアを閉めて中に入ると、建物にはドーム状に結界が張られる。これはすごく安心できる感じがした。



「アラン。本当はこの光を浴びているおまえも中に入れたいんだが。気を失っていないところを見ると、耐性があるようだから今は力になってもらう」


「はい」


 気を失いはしないけど、気持ち悪い。それにこの空気と明るさ。なぜか鳥肌が立つし立っているのがやっとだよ。

 ギンガは何をするのかと思えば、焚き火の跡の前に腰掛けて一服をし始めた。まぁ、おまえも座れ。と、間の抜けたことを僕に言う。



「おまえは本当に『要注意』だな。予定では私だけでこれを処理するはずだったんだが」


「そうですか、ご迷惑をおかけしてすみません」


 僕はいつものように笑顔を作って言った。みんな、この笑顔がとてもムカつくと言ってくる。


「今はうまくシャッターを下ろせているな。この空気の中でそう出来るなら、見習いとしては上出来だ」


「今はよくわかりません。この感じ、気持ち悪いです」


「気持ち悪いだけか?何か他に感じることはないか?」


「他にって……空気が重いとかですか?」


「いや、さっきの妖精が出しているオーラを、おまえはいい感じと思っただろう。それに、この建物の結界も安心できそうだと思っただろう?」


「あぁ、そこはうまく下ろせてなかったんですね。そうゆう感覚で言うならけっこう危ない感じです」


「やはり危険なほうか。もう少し、何かわからないか?」



 僕は、初めて自分の感じ方が他の人に認められたようで、少しびっくりしたけど心の奥底からうれしさがこみ上げてきた。


「何かって……元が何かわからないからはっきりしませんが、このままじゃもっと気持ち悪くしちゃうよーみたいな感じですかね。生きているというか…って、意味わかりませんよね」


「いや……合っている。何かが垂れ流されていて、早く止めないと厄介なんだよ」


「厄介……それはいい言葉ですね。厄介な感じです。僕、オーラよりこっちの感じ方のほうが強くて。いつもどう表現すればいいかわからないんですよねぇ」


 ギンガの口から白い煙が吐かれた。

 タバコの煙と一緒に、大きなため息を吐いたみたいだけど、口元は笑っているように見える。


「さすが、おかしな子供が集まるジャックブレイカーの子だな。俺もその感じ方で、危うく留年するところだった」


 ギンガは帽子を外し、髪をかき上げながらこちらを向いた。いつもは長い前髪で隠れている左目。見た目は特に変わったところはないけど、見られたくない。そんな感じがした。


「あんまりその目で見られたくはないですね」


「そうだ。おそらくおまえは俺と同じような能力を持っている。おそらく普通の魔法使いとは違うオーラを持っているんだろう」


「普通の魔法使いとは違う?」


「オーラは知、力、生の3つに分けられるがそれだけじゃない。魔力の属する力をオーラとしてわけるようになったのは、人間界で派生した魔法使いがその3つに属するものが多かったからだ。魔力の強いこの世界では、この土地特有の特別な力を持った生物もいる。他のオーラや力があっても不思議はないだろう」


「そんなこと、魔術学院では何も言ってなかったですけどねぇ」


「それを見分けることが出来るのは、さっきのドワーフのような純粋なこの世界の住人だけだ。ほとんどの魔法使いが、オーラの種類がたくさんあることなんて知らないよ」



 よくわからないけど、僕はやっぱり普通じゃないみたいだ。



「そう。よくわからないだろうが、今はこんな状態だ。感じるだろ?」


「えぇ。気持ち悪いという感じの度を超えました。ヒヤヒヤします。腹の底をエグられるような。多分、近づいてきています。これは何なんですか?」


 何なのか。今まで感じたことがないモノだ。だから言葉で言い表せない。


「われわれが探しているものは、ジュエルと呼ばれる物質だ」


「ジュエル?」


 宝石?

 宝石が何かを起こしているのか?僕は自分でも結構頭が良くて、物知りだと思っていたけど。今日は知らないことばかりだ。なんてワクワクするんだろう。

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