小悪魔な後輩は地味で冴えない俺をオトしたい

日富美信吾

第1話 冴えない俺と、かわいすぎる後輩

 波岡なみおか翔太しょうたは自分が地味で冴えない、平凡な男子高校生であることを自覚していた。


 背は高くもなく低くもない。


 肥満ではないが、ガリガリでもない。


 黒髪、黒目、黒縁眼鏡。


 あと、私服も黒系ばかりで、ファッションセンスが壊滅的とは家族の言葉だ。


 翔太はクラスメイト全員の顔と名前を一致させることができるが、クラスメイトの中にはそうじゃない者もいる。


 それはたとえばこんな感じで。


「なみ……なみ…………波平くん!」


 それ名字が磯野のやつ!


 ――みたいな感じで、名前を間違われたり。


 休み時間、ちょっとはしゃぎすぎてしまったクラスメイトが翔太の机にぶつかって来て、ごめんと謝ろうとするのだが、


「あ、ごめ――え……誰? え、誰!?」


 ――などと、そもそも覚えられていなかったり。


 どうやら地味で冴えなさすぎると、存在感を失うらしい。


 それはさておき、そんな感じだったから、翔太は自分がモテるとは間違っても思わなかった。


 眼鏡を外したら実はイケメンとか、美容院に行って髪を切ってオシャレをすればモテ男になるとか、そういう才能(?)もないし。


 だから、今、自分が置かれている状況が理解できなかった。


 高校二年の春。


 桜の花びらが舞い散る放課後。


 学校の校門を出たところで、かわいい――否、とてつもなくかわいい女の子が翔太の前に立ちふさがり、翔太を見上げてこう言った。


「もうっ、翔太先輩ってば遅すぎます。わたし、すっごく待ってたんですからね!?」


 と。




 翔太と同じ学校の制服ブレザー姿。


 肩口まで伸びた、淡いベージュの髪。


 大きくて、くりくりと丸い瞳。


 ぷっくり艶々、桜色の唇。


 目元にあるホクロが、何だか妙に色っぽい。


 スカートから覗く足もそうだ。


 一目見たら忘れることなんてできないくらいの美少女である。


 完全完璧美少女かと思いきや、一つだけ、とても残念なところがあった。


 それは胸。


 ちょっと寂しいのだ。


 翔太がそんなことを思っていたら、彼女が手にしていた鞄で胸元を隠した。


「……翔太先輩の、えっち」


「あ、い、いや、今のはその……!?」


 顔を真っ赤にして慌てて弁明しようとすれば、クスクスと笑い声がした。


 見れば、彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべているではないか。


「冗談です。ビックリしちゃいましたか?」


 下唇に指を当て、上目遣いで翔太の顔を覗き込んでくる。


 その瞬間、彼女から甘酸っぱい匂いが漂ってきて、ドキッとした。


「翔太先輩?」


 呼びかけられ、ドキッとしている場合じゃないと思い直す。


「え、あ、っと……その! み、見てたことは事実だから! だから、ごめん……!!」


「翔太先輩ってば、律儀なんですね。でもそういうの、わたし、いいと思いますよ?」


 謎の上から目線ではあったが、許されたようである。


「それに、確かに今はちょっとアレかもしれませんが、この先、急成長する予定ですから気にしてませんし♪ ね?」


 いや、『ね?』とか小首を傾げられても、かわいいだけで反応に困るし。


 しかし本当にこの子かわいいな――などと思っている場合じゃないことに翔太は気がついた。


 大事なことをすっかり忘れていたのだ。


「君、誰……?」


 そうなのだ。翔太は彼女のことをまったく知らなかったのである。


 翔太の言葉を聞いた彼女は、そのかわいらしい顔を悲しげに歪めた。


「ひどいっ! 翔太先輩、わたしのこと忘れちゃったんですか!? わたしです、凛藤りんどう陽菜子ひなこです!」


 その言葉と彼女――陽菜子の表情に翔太が慌てる。


「え、あれ!? どこかで会ったことあったっけ!? 君みたいにかわいい子、一度でも会ったら絶対に忘れないと思うんだけど……」


「か――!?」


「か?」


「……別に、何でもありませんよー?」


 なぜか盛大に顔を背けて言う陽菜子である。


 そして、「こほん」と咳払いしてから向き直った。


「ちなみにわたしと翔太先輩は、お会いするのはこれが初めてです」


「そうなのか――っておい! なら、さっきの発言はどういうことだ!?」


「気にしたら負けです♪」


 パチッとウィンクされた。


 まつげ長っ――じゃない。かわいい――でもない。いやマジでめちゃくちゃかわいいけど。


「ならどうして――」


「翔太先輩のことを、わたしが知っているのか?」


「そうだよ」


「実は好きになっちゃったんです」


 真っ直ぐ翔太を見つめ、陽菜子が言った。


「は? ……はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「ちょ、翔太先輩、声大きすぎ」


「い、いや、だって!?」


 繰り返しになるが、翔太は自分にモテ要素が欠片もないことを痛いくらい自覚している。


 だというのに……こんな美少女が好きになったというのか。こんな自分を!?


 それは何というか、有り体に言えば、最高なんじゃないだろうか!?


 翔太が思わず舞い上がっていると、陽菜子はにっこりと笑って話を続けた。


「寝ても覚めてその人のことしか考えられないというか」


「そ、そんなに好きなのか……」


 うれしさのあまり、翔太は鼻の穴がひくひくしてしまうのを抑えきれない。


「ええ、そうなんです。翔太先輩――のクラスにいる人が」


「…………………………………………………………………………………………な、なんだって?」


「あれ、聞こえませんでした? 先輩のクラスにいる人のこと、わたし、好きになっちゃったんです♪」


 聞き間違えじゃなかった。


 舞い上がっていた翔太の気持ちが急下降、どん底に叩き落とされた。


「なので翔太先輩にお願いしたいことがありまして」


「俺に……?」


「告白して失敗、なんてことになったら嫌じゃないですかー? なので、翔太先輩にはわたしの恋愛が成就するための実験だ――じゃなくて、お手伝いをしていただけないかなー、と思いまして」


「今、実験台って言いかけたよな?」


「え、何のことですか?」


 こてんと小首を傾げる陽菜子。


「……まあ、いい」


「で、翔太先輩、返事を聞かせてください。選択肢は『もちろん、OKだぜ!』か『何言ってんだ、手伝うに決まってんだろ』の二つです」


「それ実質一つだよな?」


「なるほど。あるいはそうとも言うかもしれませんね」


 そうとしか言わねえよと口の中だけで呟いてから、翔太は答えた。


「いいよ。わかった」


「え……本気ですか?」


「自分から言い出しておいて、その反応はどうなんだ?」


「いやだって、見ず知らずの人からの無茶ぶりですよ? 普通は断ったりしません?」


「その選択肢を与えなかったのはどこの誰だよ」


「誰でしょうねー?」


 他人事みたいにして言う陽菜子である。


「……まあ、断るのが普通なのかもしれないけど。かわいい女の子の頼みなんだから、力になりたいって思ったんだよ」


「すみません、翔太先輩。最後のところ、声がちっちゃくてよく聞こえなかったんで、もう一回言ってもらっていいですか? 『かわいすぎるわたしの頼みだから、何が何でも力になりたいって思うのは当然だろ?』ってところなんですけど」


「聞こえてるじゃねえか! ていうか、そこまでは言ってない!」


「翔太先輩の名誉のために、そういうことにしておきますねー?」


「こいつ……!」


 と思ったが、陽菜子がうれしそうにはにかんでいたので、翔太はそれ以上何も言わなかった。


 いや、何も言えなかった――が、正しいかもしれない。


「それじゃあ、お人好しの翔太先輩。わたしの恋が成就するための実験台――お手伝い、よろしくお願いします」


 もう隠す気がない陽菜子に、翔太は苦笑するしかなかった。


「ああ、よろしく」

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