第5話 まだその時期じゃない
次の日。
朝、いつものように身支度をして、朝食を食べていた翔太だったが、ふと思った。
昨日は家を出たら陽菜子が待っていた。
なら、今日は?
待っているような気もするし、待っていないような気もする。
待っていない場合、学校で顔を合わせると、
『えー、翔太先輩ってば、今日もわたしが待ってると思ってたんですか? ……勘違いさせちゃってごめんなさい』
マジトーンで謝られた日には、間違いなく泣く。
その場はグッと我慢するが、夜、枕を濡らすことは確実だ。
来てない、来てるわけがない、でも……?
みたいな気持ちでそわそわしながら、翔太は大急ぎで朝食を食べ終え、手早く準備を済ませると「いってきます」と家を出た。
靴をちゃんと穿かなかったせいか、蹴躓きそうになっていると、
「ぷぷっ」
という笑い声が。
見れば、いた。
陽菜子だ。
そして、そんな陽菜子を見た瞬間、翔太が頭に思い浮かべたとおりの台詞を紡いだ。
「もうっ、翔太先輩ってば遅すぎます。わたし、すっごく待ってたんですからね!?」
と。
いた。
いてくれた。
翔太がジーンと感動していると、陽菜子が顔を覗き込んでくる。
「あれー? 翔太先輩ってば、もしかしてわたしに逢えたことがうれしくて感動してません?」
「よくわかったな!?」
「なっ」
「な?」
顔を背ける陽菜子に対し、翔太は首を傾げる。
「――んでもないですよー?」
陽菜子がそういうなら、そうなのだろう。
「じゃあ、行くか」
「ええ、行きましょう!」
そっぽを向きながら器用に腕を組んでくる陽菜子。
「前見ないと危ないぞ?」
「今はまだちょっとその時期じゃないんですよねー」
「なんだそりゃ」
なら、いつがその時期なのか激しく気になるのだが。
「しっかり掴まってろよ」
「……なるほど。翔太先輩は将来有望なわたしの胸をもっと押しつけろと言うわけですね? 翔太先輩はエッチですねー」
「違う!」
「はいはい、わかりました。そういうことにしておけばいいんですよね?」
全然わかってねえじゃねえかと心の中で叫ぶ翔太。
「本当に違うんだって! 前を向いて歩かないなら、足元が危ないだろ! だからだよ!」
「……ぐぅっ。翔太先輩がやさしいことは知ってましたけど、そういうさりげない気遣いを見せつけられると、わたしの方がどんどん好きになっちゃって困るんですけど!?」
陽菜子が小声で何か言っていたが、よく聞こえなかった。
結局、学校に着くまで、陽菜子は翔太の方を見ようとしなかった。
だが、それでよかったと翔太は思った。
陽菜子が翔太の言葉に従って、これまでよりもずっと強く、腕に抱きついてきていたから。
ドキドキしまくって、真っ赤になった顔を見られなくて済んだ。
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