第4話 放課後デート
放課後、授業が終わった解放感からクラスメイトたちが他愛ないおしゃべりに興じている教室で、翔太は一人帰り支度をしていた。
誰に相手されなくても寂しくなどない。
家に帰ればやることがあるし、何なら帰宅途中にだってやることはいくらでも見つけられる。
そんなことを思っていたから、すぐ近くまで甘やかな香りをさせる人物が近づいてきていたことに、翔太はまったく気づかなかった。
「翔太先輩」
耳元で囁かれ、思わずのけぞる翔太。
見れば、いたずらが成功したみたいな笑顔を浮かべた陽菜子がいた。
「今日も一日お疲れ様でした。さあ、一緒に帰りましょう!」
翔太は陽菜子の腕を掴んで教室を飛び出した。
廊下を走り、下駄箱の前までやってくる。
「翔太先輩、ここだと人目があるんですけど。もしかして翔太先輩は見られることで興奮するタイプの人なんですか?」
「違う! というか何を想像した!」
「翔太先輩の性癖?」
小首を傾げてもかわいいだけで、まあいいかと誤魔化されそうになる翔太である。
が、何とか踏みとどまることに成功して。
「かわいい女の子が性癖とか口にするんじゃありません!」
「大丈夫です。翔太先輩の前だけですから。こんなことを口にするの」
「……そうやって言えば、俺が誤魔化されると思ってるだろ?」
「はい!」
肯定されてしまった。
否定できないが。
「……というかだな。今日の昼、俺、言ったよな?」
「わたしのこと、愛してるんですよねー?」
陽菜子が唇に指を当てていたずらっぽく微笑む。
「そ、それはそう言えって陽菜子が言ったからで……!」
「人のせいにするのってかっこわるいですよ?」
「こいつっ!」
翔太が怒った表情をすれば、
「きゃー。翔太先輩が恐いですー」
と全然恐くなさそうに陽菜子が言う。
そんな姿を見せられたら、怒るに怒れない。
いや、最初から、本気で怒ってなどいないが。
憎めないというか。
「わたしのこと、かわいいって思っちゃってますよね? その目は」
「思っちゃってねえよ」
「仕方ありませんねー。そういうことにしておいてあげます。特別ですからね?」
謎の上から目線で許された。
翔太はため息を吐き出しつつも、陽菜子とのこういうやりとりを悪くないと思いつつある自分に気づいていた。
いや、違う。
正直に言おう。言ってしまおう。
陽菜子といると楽しい。
でも、勘違いしてはいけない。
陽菜子には好きな奴がいるのだ。
「陽菜子が俺の教室に来たら、俺と陽菜子のことを、陽菜子の好きな人に誤解されるって話、昼休みにしたよな?」
「そういえば、そんなこと言ってましたね」
どうして他人事なんだよ、と翔太は心の中で呟く。
「もうちょっと考えて行動しないとダメだろ?」
「はーい、わかりましたー」
「……全然わかってないよな?」
「え、そんなことないですよー? ていうか、どうしてそう思うんですかー?」
「俺に抱きついてきてるからだよ!」
意味がわからない!
「何言ってるんですか! これは翔太先輩の腕にわたしの将来性豊かな胸を押しつけているんです!」
おい!
「おい!」
思わず心の内だけでなく、声でもツッコミを入れてしまった。
「そうやってわたしのことを心配してくれる翔太先輩、悪くないと思いますよ?」
さらに身を寄せてきたと思ったら、陽菜子はそんなことを耳元で囁いた。
その後、陽菜子に腕を組まれたまま一緒に帰ることに。
「いいですか、翔太先輩。放課後に一緒に帰るのは、もはやデートと同じ。つまり、相手の女の子をどれだけ楽しませることができるかで、男子のレベルが計れるものなんですよ!」
「マジで!? ――というか、俺のレベルを計ってどうすんだよ。陽菜子の恋を成就させる実験をしないとだろ?」
「それならご心配には及びません。たとえばわたしの好きな人ががっかりデートをコーディネートしてきた時、どれだけ顔に出さずに楽しんでる振りをできるか、それを鍛えたいと思いますので」
「その言い方だと、俺と過ごすのががっかりだって言ってるようなものだと思うんだけど」
「えへへ」
「いやいや、えへへじゃなくて否定しないと」
「さあ、いきますよ、翔太先輩!」
「おい否定は? 否定は!?」
一緒に帰った陽菜子は最後まで楽しそうにしていたように見えたが……果たして、それが振りかどうかは、翔太に見抜くことはできなかった。
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