第11話 相合い傘(前編)


 その日も翔太が家を出ると、そこには陽菜子が待っていた。


「翔太先輩、遅すぎますっ。もう3分も待ってたんですからね!?」


「にこにこしながら、よく怒れるよな」


「器用なんです」


「確かに」


「――って違います! 翔太先輩がわたしを5分も待たせたって話をしてたのにっ。誤魔化さないでくださいっ!」


 誤魔化してはいないんだけど、と口の中で翔太は呟いて。


「さっきは3分って言ってたような気がするんだけど?」


「カップ麺が作れますねー」


「5分ならカップうどんだな」


「わたしは断然ごはん派です」


「カップ麺とカップうどんはどこ行った!?」


「そこら辺をお散歩しているんじゃないですかねー?」


 陽菜子が笑い、翔太も笑う。


 こんな他愛ないやりとりができることすら、うれしいと思ってしまう時点で、翔太はもうずいぶんと陽菜子のことが好きになっていた。


「じゃ、行こうか」


 と歩き出そうとした翔太だったが、できなかった。


「陽菜子?」


 陽菜子に制服の裾を掴まれたからだ。


「翔太先輩、今朝、テレビは見ましたか?」


「見たけど?」


「今日は午後から雨が降るらしいですよ」


「そうなの?」


「土砂降りです。なので傘を持っていった方がいいんじゃないですかね」


「それが本当なら、確かに陽菜子の言うとおりだと思うけど」


「けど? ……はっ、まさか気象予報士のお姉さんの言葉が信じられないと!? あのお姉さん、すっごく胸が大っきいんですよ!?」


「胸の大きさは関係なくないか!? ――そうじゃなくて。だったら、どうして陽菜子は傘を持ってきてないんだよ?」


「翔太先輩、折りたたみ傘という便利なものがあるのを知らないんですか?」


「そっか。それを持ってきて」


「ないですよ?」


「……ん? なんて?」


「翔太先輩、寝癖がついてますって言いました」


「言ってねえよ!? そんなこと全然言ってないからな!?」


 え、嘘、寝癖がついてるの!? と翔太が慌てていると、


「しょうがないですねー。わたしが直してあげますから、しゃがんでください」


 陽菜子に言われて、翔太は「ありがとう」と礼を言い、素直にしゃがんだ。


 陽菜子の手が伸びてきて、翔太の髪をやさしく撫でる。


「…………翔太先輩の髪、ふわふわしてて、なんだか気持ちいい」


「陽菜子、何か言った?」


「翔太先輩、将来はきっと頭が寂しくなるんじゃないですかねって言いました」


「だ、大丈夫だから! 俺の家族、みんなフサフサだから……! ……ひいじいちゃんがちょっと寂しくなってるけど。でもそれ以外は大丈夫だから!」


「希望を持つことはいいことです」


「希望じゃなくて客観的事実だ!」


「そういうことにしておきますねー」


 陽菜子は笑って、


「はい、できましたよ」


「ありがとう、陽菜子」


「どういたしまして。……実は寝癖なんてついてなくて。わたしが翔太先輩を堪能したかっただけなんですけど」


「ん?」


「何でもありません。というか、傘、早く取ってきてくださいよ」


「そういやそんな話をしてたっけ。……てか、折りたたみ傘の話が途中だったような」


「気のせいですね」


「気のせいじゃない。というか、雨が降るのが本当だったとして、陽菜子は何で傘を持ってこなかったんだよ」


「わたしが持ってこなくても、翔太先輩が持っていれば問題ないからですよ」


「俺が?」


「だって帰りも翔太先輩と一緒になるわけですし。なら、傘は二つもいらないじゃないですか」


「……けど、それって相合い傘になるんじゃないのか?」


「そうですね。なっちゃいますね、相合い傘に」


「い、いいのか、陽菜子は。俺と、その、相合い傘しても。好きな人に誤解されたりするんじゃないのか?」


「翔太先輩はどう思います?」


「なんで俺に聞くんだよ」


「ふふふ、何ででしょうね?」


 陽菜子がいたずらっぽく笑った。


「で、どうするんですか、翔太先輩。わたしと相合い傘、するんですか? しないんですか?」


 その笑みはとてもかわいくて。


 ……いや、その笑みだけじゃない。


 陽菜子のすべてがかわいすぎだった。


「……陽菜子が濡れたら大変だからな、うん。相合い傘するしかないな、うん」


 情けないとは思ったが、そう応えるのが、今の翔太にはせいいっぱいだった。


 ちなみにそんな翔太を見て、陽菜子は笑みを深めていた。

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