四人心中(大団円)

「銭高屋は札差稼業そっちのけで遊びまくり。代ってすべての仕事を差配しているのが、番頭の晋二郎です。晋二郎は、銭高屋のひとり娘にぞっこんで。入り婿になれば銭高屋の身代が丸ごと手に入ります。それには、口うるさい世話焼き女房が邪魔でした」

八丁堀の地蔵橋たもとで、屋台の鰻を頬張りながら、浮多郎は銭高屋の用心棒から聞いたあらましを語った。

「女房はお得意の舌先三寸でだまくらかして毒を呑ませ、じぶんは致死量ぎりぎりに薄めた毒を呑み、心中を装ったのです」

「検死人によれば、女房は孕んでいたそうだ」

岡埜は、湯呑みの酒を、毒盃でも呷るように苦く呑み干した。

「日暮里の別宅で飼っている犬に毒を呑ませ、死体を三ノ輪の浄閑寺に投げ込む晋二郎を、用心棒は見たそうで。ひとり娘に入れ込むのを疎ましく思っていた用心棒は、晋二郎を見張っていました・・・」

「黒門町が、毒の入手先をさぐり当てたぜ」

岡埜が、ぞんざいに言った。

「巣鴨の医院に、『鼠で困っているのでと殺鼠剤を調合してくれ』とやって来て大枚をはたいた色男がいた。医者は殺鼠剤など信じてはいなかったが・・・。毒を売るときは、いちおう所と名を書いてもらうのだが。この色男さんは、堂々と下谷広小路の晋二郎と書いた」

「情死の偽装に、よほど自信があったのでしょうか?」

「かもな・・・」

三杯目の酒を呷ってから、

「色男、色に溺れるの図だな。もっとも色に金もからめば、何でもやってのける。あさましい野郎だぜ」

と、色事にはまるで縁のなさそうな岡埜は、吐き捨てるように言った。

「明日にでもお奉行に相談してみるが・・・」

なにせ、顧客に有力な旗本や御家人を抱える札差の番頭なので、銭高屋が事件をつぶしにかかるのを、岡埜は本気で心配しているようだった。

―翌朝、浮多郎は浄閑寺でぶち犬を引き取り、日暮里の銭高屋の別宅へ向かった。

「まあ、コロをわざわざ・・・」

銭高屋のひとり娘は喜び、着物が汚れるのもかまわずに犬を抱き上げた。

「犬は、晋二郎さんにもだいぶなついていたようですね」

と、浮多郎が晋二郎の名を口にしただけで、少女は頬を染めた。

「お父さまも、晋二郎さんをだいぶ買っているようですし、先はお婿さんになってこの家を継ぐのでしょう?」

それを聞くと、少女は急に暗い顔になった。

「父は反対です。前は女房持ちだからダメだと言っていたのですが、今は遊び人で身持ちがよくないからダメだ、と・・・」

『遊び人の銭高屋が、よくぞ言ったものだ』と浮多郎は肚で笑い、『なるほど、用心棒にいろいろ探らせていたのは銭高屋だったのか』と得心がいった。

「どうです。駆け落ちでもしますか?」

と、カマをかけると、少女は泣きそうな顔で首を振った。

これ以上少女をいたぶるのはつらいので、浮多郎は早々に退散することにした。

―奉行所が晋二郎を捕縛した三日後、写楽の片割れの東洲斎は、刑場の小塚ッ原で、銭高屋の用心棒と果し合いをした。

白襷に腿を高く取った用心棒は、三間ほどの間合いをはかって、真剣を正眼に構えた。

両手をだらりと下げた着流しの東洲斎を円弧の中心にして、用心棒は右へ右へと回った。

東洲斎はスキだらけだが、『これは罠だ』と見た用心棒は用心したのか、なかなか打ち込もうとしない。

半刻ほど経った。

西に傾いた日の光が、必死の形相の用心棒の汗みどろの顔を、赤く照らしはじめた。

まだ一合もしないのに、しきりに荒い息をつく用心棒は、汗が滲み入った目を拳で拭うと、「きえーいっ」という掛け声とともに剣先を突き入れた。

かわされるのは、元より承知。・・・すぐ上段に構え直し、袈裟に斬ろうとするその時、東洲斎が脇差を抜刀しざま横に払った。

用心棒は脇腹を押さえ、前のめりにゆっくりと倒れた。

・・・涼しい顔の東洲斎が見上げると、暮れなずむ西の空をカラスの群れが乱舞していた。

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寛政捕物夜話(第八夜・四人心中) 藤英二 @fujieiji_2020

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