異世界ものの悪所を逆転的に回避しつつ、霧谷の痛快さを目にできる快作

 この物語は、未来に対して「次どうなるんだろう?次主人公はどんな窮地に立たされてどんな陰謀に巻き込まれてどんな理不尽に遭遇することになるんだろう?」というストレスをほとんど感じる必要がない。結局異世界帰りの最強主人公霧谷がプチっとどうにかしてしまうからだ。たとえそんな展開があったとしても、読者は「どうせ次には霧谷が豪腕で解決できるに違いない」という安心感を持って読み進められる。

 ストレスを感じないのは、主に二つの理由がある。

 ひとつは、霧谷がマキャベリズムを有していることである。
 マキャベリの『君主論』を簡約すれば次のものだ。「組織はよい武力に裏打ちされたよい法律に支えられて健全になるが、根源の武力は即ち自前のものでなければならない。君主は武力に関わる職務にだけ専念し、悪徳をも柔軟に行使できる度量がなければならない。君主は明確な理念を以って方針と行動を執り、運命をも征服する勢いで活動するべき」、という。これに照らせば霧谷はよい君主だ。霧谷は(「俺が法だ!」と言ってしまうような勢いもあるが)何らかの主張を相手に受け入れさせるにあたって根本的な要素である武力を一個人単独で保有している。例えば第13話で自身の体を「徹甲弾の0距離射撃の直撃に耐えられると思う」と評しているのだから、地球上ではあり得ない相当なものだ。金銭収入は賭博や権力闘争などを迅速に決定し行動することで得ている点から見て、悪徳を呑んで実力行使する度量は大きい。これなら運命も自分で捻じ曲げて都合のいい方へ修正するだろうという呆れや羨望を含んだ安心感は、痛快なものとして読者の心に映えるだろう。

 ふたつは、霧谷自身の能力が完成品であることを、この場合ごく自然なように物語に馴染ませられていることである。
 異世界転生・転移ものの主人公で嫌われやすいのは、チートという絶大な力がありながら能力を十分に社会的に行使しない、いわゆる「俺TUEEE」等の主人公だ。異世界に他者の都合で身を置かれ血と汗と学び苦悩こもごもありながら敵を斃すまでの波乱万丈が好ましいのは、終局への過程を第三者たる読者が鳥瞰で共感しつつ応援してやりたくなる意思を催すとともに、常に主人公が善の側として悪を斃すことの(その世界における味方同胞の公共的利益含め)勧善懲悪の理屈を通せることにある。主人公自身がその世界から見て善側か悪側かに関係なく、物語上主人公は常に読者から同情を向けられる善側にあり、主人公の振る舞いにより周辺環境一般の好転がみられるなら努力を応援したくなるだろう。だが、初めから大した説明なく向こうから主人公へ与えられた能力を以って、自らの身の回りのハーレムを防衛しつつ面倒ごとをプチっと解決してしまうとなると、その都合よさに(物語の練りの巧拙はともかく)腑が落ちない違和感を覚えさせられるのだろう。「異世界というアウェイで味方0ベースな場所に来たのだから、論理的に主人公は苦労があってしかるべき」という思惑あればこそ、そんな感想が萌ゆる。
 一方でそうした重厚な物語を求めてはいない者からすれば、主人公がそれまで当たり前に手にしていた全てを失って異世界にて単独で構築を行っていくさまやそれの苦悩の部分が辛くなる。何となく水を飲むように物語を吸収したいと欲する読者は、べつに美味で価値の高い濃厚フカヒレスープを飲みたいのではない。読者の世界から異世界へ行くということは、少なくとも異世界人よりかは思考形態も知的水準も読者と似るし、主人公の在りように対する読者と作者の共通認識の領域が増える反面設定説明を圧縮でき、結果として読者は物語に馴染みやすい。
 このことを念頭に置けば、この物語はうまいように出来あがっている。まず、霧谷は物語で描かれる有様に至るまでの成長の過程…人間関係や血や努力etc.の、いうなれば苦しみの部分が略されている。霧谷の強さが、物語が記述され始めた時点から、すでに“そう”ある。完成品として提示可能な状態の霧谷を我々読者は作者というホールスタッフによって目の前にサーブされるのである。ただそれは理屈なく与えられたのではなく、初めに異世界に在りそして出戻ったという経歴によって根拠づけられる。簡素な根拠説明であってもとにかく「異世界でそんなことがあったから強い」基本これで以上なのだから手軽だ。次に、出戻ったということは異世界ではないのだから周辺人物の思考や知性は我々の世界そのものなので説明するまでもない。現代で異世界の力を用い物事を捌く痛快冒険活劇として現れるのだから、そういうものとして読むだけで良いのでべつに困難なことではない。そして、霧谷は例外なく善の側に立った。手段ではなく物語における立ち位置が、である。面白いのは別に居る勇者が(通例善であろうに)悪の側にあることである。『快傑ゾロリ』『ルパン三世』のように善悪の担い手が逆転してしばしコミカルな展開が起こり、読者は気力を使うことなく物語を消費できる。こうして、異世界転生・転移ものに起こりうる困難さ・腑に落ちなさを回避するように成立しているのである。

 「復讐は何も生み出さない。ただ、復讐の連鎖が生まれるだけだ!」
 「はあん? 連鎖だと? だったら、根絶やしにすればいいだけだろ?」
 読者に痛快感を与えるのは霧谷のこうした性格のドライさだけではない、その裏には逆転的発想による異世界もの物語としての構造という支えがある。

 いろいろ言いはしたが、まぁそういうことなので、あとは皆霧谷を見てスッキリしよう。実力に憂い無ければ鬱憤無く、判断に容赦無ければ正義無し。

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