男女は手と指をもって契りをかわす。
故にひとびとは、子どもの頃から爪に魔除けのまじないを施して、性徴のしるしがもたらされると手袋をつけ、決してひとまえに素手を曝すことをしない。手は男女のことの象徴だった。
親に反抗した仕置きとして閉じこめられた物置のなかで、ゆき子は《それ》を見つける。壁から突きだした手。女とも男ともつかない、しいていうならばその手は、そのどちらの美しさも兼ね備えていた。玻璃の細工のような指に好意を懐いたゆき子……あるいは魅入られてしまったのか、彼女は次第にその手との距離を縮めていく。
時は経ち、望まぬ婚礼をひかえた娘は、遂にひとならざる手と一線を越える。
読みはじめてすぐ、凄まじく精緻な筆遣いの描写に固唾を飲みました。頁を進めるごとに肌が熱を帯びたり背筋が凍ったり……言葉のひとつひとつが、じっとりとした湿りけをともなって、肌に張りついてくるのです。幾多の小説を読んでまいりましたが、これほどまでに温度と湿度を感じさせる文章と巡りあったのははじめての経験で……いやはや、畏服する他にありません。凄まじいです。
あの《手》がなんだったのかは、最後まで語られません。
語られないからこそおそろしくもあり、娘と手のあいだには欲望があったのか、愛があったのか、それともなにもなかったのかと想像が膨らみます。
読み終えた後にも喉につかえが残るような……それでいて艶めかしいふんいきに耽溺し、うっとりとさせられるような……ああ、わたしも《あの手》に魅入られてしまったのかもしれません……
文章のきめ細やかさはそのままで、それが強烈な手へのフェティシズムとともに不気味さを醸し出す。
それにしても、近三作のこの淡さ→彩度高めの視野→黒とも呼ぶべき朱、の流れを見ていると、世界観のジェットコースターぶり、誰よりも作者さまが楽しんでおられるのだろうなあ、という感じがします。やばいね!
作中の白眉は、顎の下の自意識という表現でした。いやー、心身ともに肥えていることをそう表現なさるかー……! という。
読後、頭の中にぼとり、ぼとりと肉片がしたたるような、そんな感触の残る怪作です。みんなが寝静まった真夜中に読むのがおすすめですよ!(爽やかな笑顔)