故郷を旅立つ人を歌で見送る、それで満足だった。

故郷から旅立つ人を歌で見送る存在、歌旅人(うたびと)。
それが、歌の才能しかなかったシオン・ライアルの職業であり、天職だった。
彼は、旅立つ人のために歌を作り、歌を歌い、そして見送っていた。それが、彼の日常で、それでいいのだと思っていた。

ユーティア・ベリルに、会うまでは。

これはそんな、儚い雰囲気を纏ったボーイミーツガールであり、終わりと始まりの物語だ。


シオンとユーティアの会話で、物語は進んでいく。
序盤は大きな動きはないものの、どうしてか惹きつけられる。
シオンというキャラクターに。ユーティアというキャラクターに。2人の関係性に。世界観に。

中盤になると、物語は少し動き出す。それも、ゆっくりと、誰にも気づかれないようにこっそりと。
彼らが、“生きている”ということを、実感させれる。生きることは、感じることだと、変わることだと言っているみたいに。

しっかりと紡がれてきた物語は、終盤、1つの形に落ちて行く。自然な流れで、でも確実に。
彼らの人生はこれからだと、希望を持たせつつも、どこか切ない。でも、それが決断することなんだな、と思った。

歌旅人という、1つのものを通して、彼らは出会い、繋がり、そして決断する。
それはとても美しく、強く、そして今にも消えそうだった。
でも、消えはしない。少なくとも、今はまだ、消えない。ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎が、まだ先を照らしている。

『旅立ちの時、君は歌を唄う』
このタイトルの意味を、本作を読んで感じて欲しい。
決して、単純なものではない。たくさんの想いが込められている。