光が差す時
●
「ねえ、五十嵐悠真君」
思い出話を終えると、小鳥遊さんが僕の方を改めて見てくる。
「私はどうして学校を辞めるんだと思う?」
悪戯を仕掛けた子供のように、小鳥遊さんはにたりと笑った。
答えなんて、わかりきっていた。
「小説家になるから」
「……正解」
小鳥遊さんは面白くなさそうに、眉間にしわを寄せた。正解したのに、その顔は酷いんじゃないか。
「君の、つまらない答えを期待してたんだけどな」
「それ以外に理由なんて、考えられるわけないじゃないか」
「まあ、そうなんだけどね」
そうは言いつつも不満そうに、小鳥遊さんは足をぷらぷらさせる。
「デビュー、決まったんだね」
「うん、一応。どうせ学校なんて行ってなかったんだし、これを機に辞めようと思って」
「どうして」
「どうしても何もないじゃん」
何の未練も後悔も感じさせない、淡白な声で困ったように言う。
「どうして」
それだけじゃ、何も伝わらないことくらいわかっていた。それでも僕は、そう言わずにはいられなかった。
どうしてそう簡単に、普通じゃない道を選び取れるのか。
どうしてそう簡単に、この場所を捨てられるのか。
どうしてそう簡単に、前に走っていけるのか。
僕にはそれが、わからなかった。できなかった。
生きたいように生きていこうとしている小鳥遊さんが、羨ましい。そして、妬ましかった。
「どうして」
「どうしてだけじゃ、わからない」
三度目の『どうして』で、小鳥遊さんは不機嫌そうに言った。
「どうしてって言われても、これが私の生き方だから。それ以上でもそれ以下でもない」
「……どうして」
そうやって、生きて行こうと思えるのか。
言葉を続けたいけど、言葉が続かない。理由がわかっているし、彼女に失望されるのが怖いのだ。だから、言葉が続かない。その中途半端が、彼女を1番イライラさせるのはわかっているのに。
「どうしてって、君は言うけどさ。じゃあ、君はどうしてなの?」
どうして、学校に通っているのか。
どうして、したくもない勉強をしているのか。
どうして、自分のやりたいことをやらないのか。
小鳥遊さんの攻めるような言い方に、言葉が詰まる。言いたいことはある。理由も知っている。でも、自由に生きる小鳥遊さんに言い返せる言葉なんて、そんなものは僕の中にはなかった。
「どうしてなの」
「それは」
続かない。喉に何かが詰まっているかのように、声が出てこなかったし、僕の頭には何の言葉も浮かんでこなかった。
「それは、何?」
小鳥遊さんは容赦なく言う。
「それは、何?」
もう一度繰り返した。僕の奥底を覗き込もうとする瞳で。その瞳が今は怖くて仕方なく、逃げるように目を逸らした。
「……わからない」
そして、消え入るような声で呟いた。僕は逃げ出した。
「どうして?」
「わからない」
そんな僕を見て、小鳥遊さんは諦めたのか、それ以上何も聞いてこなかった。安心したのと同時に、恐怖に襲われた。
「……そろそろ行かないと」
小鳥遊さんは教室の時計を確認すると、僕に聞かせるように呟いた。机に入っていた教科書類を取り出し、次々と鞄に詰めた。ここから去る準備を数秒で終えてしまった。
何か言わなきゃ、と思いつつも、的確な言葉は浮かんでこなかった。
すると、いきなり教室に眩し過ぎる光が差し込んできた。太陽が昇ってきたのだ。
視界が細く白くなる。その視界の中で、僕は小鳥遊月花を見た。
彼女にだけ、強く当たる光。それによって、彼女が神のような輝きを放っているように見えた。あの暗闇の世界で見た、彼女のようだった。
ただの幻覚だ。それでも、小鳥遊月花は神のように見えた。
眩しい、と小鳥遊さんは呟き、光から逃れるように走り出した。
「私は暗闇の人間だから、帰るよ」
小鳥遊さんはドアの前で立ち止まりそう言った。
「君は光が似合うよ」
「ううん。私の居場所はあの暗い世界だよ」
あそこで、創るのが1番しっくりくるんだ、小鳥遊さんはそう笑った。
「だから、私はまたあの暗闇に戻るよ。じゃあね、五十嵐悠真君。君との時間は短かったけど、楽しかった」
僕は彼女だけを見ていた。目に焼き付けることに夢中で、なんの言葉も出てこなかった。
「次会うことがあれば、月花でいいから」
そう言って、月花はなんのためらいもなく教室から出て行った。
その背中をいつまでも僕は追っていた。
彼女の席は、まだ周りとは比べ物にならないくらい、輝いている気がした。
●
彼女が去ってから、数ヶ月。『どうして』の答えもまだでないまま、日々を過ごしていた。
そんなある日。なんとなく立ち寄った書店で、ある本に目が止まった。
『これから、見つける』
その本を手にとり、丁寧にめくっていく。1ページ、また1ページ。
「これって」
細かい表現が変わっていても、タイトルが変わっていても、この物語はあの暗い部屋で読んだ、小鳥遊月花の世界だった。
無我夢中になってページをめくったあの物語だった。
視界が歪む。本に涙をこぼしてはいけないので、必死になって堪える。それでも目の奥からどんどん涙が押し寄せてくる。
「また、会えた」
作者名は『月花』となっている。間違いなく、小鳥遊月花の作品だ。
「また、会えたよ。月花」
僕は、これから見つけるんだ。『どうして』の答えも、小鳥遊月花のことも。
その決意と再会の喜びをこぼさないように、僕は本を抱きしめた。
暗闇の世界 聖願心理 @sinri4949
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