第7話 時代はソシャゲでしょ

 

 道端でひろった自称英雄フリーター・遥香はるかとともに、今日集めたスクロールを筒に詰めていく。


 同時にただのハズレ紙を仕込んだ筒も作成していく。


「社長、わたしは一体何をやらされてるんですか?」


「見てわからないのか。ガチャガチャを作る手伝いをしてもらってるんだ。羊皮紙を筒に詰めるだけで、2000円も貰えるんだ。感謝するんだぞ」


「日給、ですけどね。はぁ……初めから気前が良すぎると思って、胡散臭いと思ってたけど、やっぱりドケチのケチんぼおじさんだったか〜。東京都の最低賃金舐めすぎっすよ、社長」


「電気と水道のとまってない家に居候いそうろうさせてやってるんだ。家賃込み、食費、光熱費、その他もろもろ込みで、プラス時給2000円と考えれば悪くはないだろうが、えぇ?」


「それで、社長の元嫁の部屋に住まわされなければ、文句はありませんでしたけどね」


 耳の痛い話だ。返答せずにいこう。


「逃げた、いま。……いや、いいんですけどね、別に。ところで、社長。この謎の文字と、幾何学模様が書かれた羊皮紙をどうしてガシャガシャで売るんですか? 昼間は、ぽんぽん手のなかから溢れて来てて、とても気持ち悪かったし、それに微妙に魔力感じますけど……これ能力で作ったんですか?」


「ほう、魔法感覚は残ってるのか? だとしたら隠してもわかるな。そのとおり、これは俺の神級能力ドームズ・アビリティ能力化コンプレッション』でつくったスクロールだ。聞いたことくらいはあるだろう?」


神級ドームズ……知ってますよ、どんな物理的、概念的事象からでも強引に機能を剥奪させる御業だって。まさか、この世界に持ち帰っていたとは……ていうか、なんで社長だけ!? そんなのずるいですよーっ!」


「ふん、これが英雄格差か。苦しゅうない」


 気分よく浸ってるところへ、遥香はため息まじりに羊皮紙を広げてみせてくる。


「というか、たしか社長って能力の剥奪はくだつだけじゃなく、付与ふよも出来るんですよね。能力で作られたこのスクロールがあれば、わたしにも能力が戻るんですかね?」


「いや、戻らない。他者に与えるのはまた別の能力だからな」


「そんな……ん、ということは、このスクロール、ガシャに入れても常人にとっては、ただの古紙ふるがみなのでは?」


 閃いたように呟く少女。


「あ」


 嘘だろ。

 何ということだろうか。

 この俺とした事が、初歩的なことを失念していた。


 このスクロール、俺にとってはこれだけで価値ある物だが、こっちの人間にとってはただの紙なのだった。


 まずい、さっそく事業が破綻してしまう。

 このままでは一生、消費者金融を襲って借金を踏みたおす、綾乃に顔向けできないできない人間になってしまう。というか、立派な父親像を見せないと、本当に家出すらされかねないじゃないか。


 必要だ、常人にも使えるようにするシステムが。


「遥香、なにかいい案はないか?」


「いい案ですか。……うーん、その、ちょっと妙案あげますよ」


 解決策がある?


「ほう、聞こうか」


「とりあえず、解決策はあります。この家のまえにガチャ自販機を設置するのはどうでしょうか?」


「ふむふむ」


「それで、商品に応じて店頭にもってきてもらうみたいな……」


「いや、駄菓子屋かい! 却下だ」


「そうですか、それが嫌なら、もう破綻ですね」


「案少なっ!? そんなしょうもない発想しか出ないのか?」


「ブレインストーミングにおける批判はご法度ですよ、社長。今の時代、高校生でも知ってることなんですけど」


「くっ……!」


 本当に口だけは達者なフリーターだ。


「もう一つ案があります。確信はないですけど。社長、その絶対に盗まないって誓ってくれますか?」


「? ああ、約束する、けど……」


 盗まない?

 盗まないと誓うって、どんな前約束だ。


 俺が盗みたくなるものを、遥香は待っている?

 それってーー。


「わたし、嘘ついてました。社長のことよくわかってなかったんで、不安だったんですよ。

 実は、わたし能力だけ持って帰ってきてるんです。四級能力スクエア・アビリティーー『情報化コンピュータライズ』をつかって、このスクロール内の情報をある程度書き換えることができます。誰にも言わないでくださいね?」


 あいた口が塞がらない。

 四級能力スクエア・アビリティといえば神級ドームズのひとつしたの等級をあらわすもの。


 つまりは、とっても高級な能力だ。


「遥香、すまないがさっきの雇用の話はなかったことにしてくれ。君を雇う必要がなくなった」


 咳払いひとつ。

 遥香に手をかざし、邪悪に笑ってみせる。


「いやぁぁあああ! 盗らないって言ったのに! 鬼、悪魔! そんなだから娘さんに嫌われるんですよ! 約束したのにーー」


 ヒステリックに叫び逃げだす少女。だが、なんの不運か、立ち上がるなりタンスの角に親指をぶつけると地面を転がって、痛みにうめきはじめた。


 青ざめた顔、まるでこの世の終わりを予感しているかのようだ。


「痛ぁ、ぁ……ッ、ど、どうしてこんなにところにタンスが、ぁ……!」

「幸運EXエクストラの俺から逃げようなど、無駄無駄。というか、冗談だったのに慌てすぎだ。ちゃんと約束したからな。よくわからん能力を奪って、大事な労働力をうしなったら元も子もない。お前のことは面倒見てやる」


 見ていて不安になる娘のような年頃の従業員へ、そっと手をさしのべる。


 ーーガチャッ


 ふと、リビングの扉が開く。

 ご機嫌斜めなのか、綾乃あやのが眉をひそめながら入ってきた。


 明らかに「事件現場を押さえにきました」という風態だ。


 やれ、俺は肩をすくめて健全者をアピール。

 パパは娘のまえでは、悪事に手を染めないのだよ。


「お父さん、ガチャで一儲けするって言ってたけど、まさかそんなアナログな方法で儲けようとしてたの……?」


 あれ、予想したのと不機嫌になってるポイントが違う?


「そうだが? いいだろ、ガチャ。1000円自販機みたいなのを、たくさん設置するんだ」

「はぁ……いまの時代、ガチャって言ったらソシャゲでしょ」


「いや、そうだけど……な? ほら、パパが売りたいのはこのスクロールであって、だな。綾乃には難しいかもしれないけど、いろいろあるんだーー」


「ん」


 綾乃は首をふり、諦観の意を示しながら、かたわらで立ちあがる遥香を指さした。


「この拾ってきた子の、なんだっけ、『情報化コンピュータライズ』を使えば、スクロールのデータ化も出来るんじゃないの。パパが昼間やってたみたいに、概念や物理がその古紙になりえるなら、可能性はありそうだけど」


「……ッ! お前、天才かーーって、あれなんで能力のこと知ってんの、綾乃!? パパ聞き逃さないよ!?」


「お父さんが異世界から帰ってきた話、全部私の部屋まで聞こえてたし。それに、駅前でうちの生徒巻きこんで、堂々と怪しいことやって……逆に聞くけど、あれで隠してたつもりなの?」


 綾乃は自慢げに鼻を鳴らし、シニカルな笑みをたたえながら、細い指先で自身の額をつつく。


「人が変わったとは思ってたけど、まさか50年も経ってたなんてね……とにかく、お父さん、そんな駄菓子屋みたいなビジネス、私は認めないから。やるなら、もっと大きく、目標はでっかく! ガチャ運営に搾取さくしゅされたままでいいの? 今度は私たちが搾取する番なんだよ!」


 なんだか、勇気づけられてしまっているな、俺。


 だけどな、綾乃。

 これは健全な励ましじゃない気がするよ、パパ。


「ふふ、まぁいいか……そうだな、パパ、間違ってたよ、綾乃」


「なんて闇深いの、この親子」


 親として娘の育てかたを間違えた感が否めない……が、ともかく画期的な天啓を得れたのは事実。


 ガチャに奪われた人生は、ガチャでしか取り戻せない。


 やってやろうじゃないか。

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