第3話 娘は悪魔的反抗期です
「くらえやぁあー!」
カエサル奥様の持ちだしたドスの突き。
目を見張る鋭いひと刺しを、半身になってかわす。
「っ!」
「なかなかいい刺突だな」
「消え……ゥぐッ!?」
手刀で手首を粉砕、武装を解除。
ついでに無防備にさらされた脇腹に膝蹴りを打ちこめば、『帰らざるカエサル』の無力化は完了だ。
「ん、こいつ噂には聞いていたが……超能力者、か」
カエサル奥崎の手首からした、血管模様のように広がる青紫色の模様に注目。
俺が学生のころにはまだいなかった。
超能力者と呼ばれる、異世界の能力者とはまったく別の存在たち。
新人類とか呼ぶやつらもいるが、俺は正直こいつらのことはよくわからない。
ただ、わかるのは時折ニュースで見る、喧嘩やら、殺人やら、あるいは海外でおこるテロリズムやら、そういった物騒なことにこいつらが関わっていること。
「これで全部っと。よし、もう付いてくるなよ」
どの道、超能力者などと関わることはそうそうない。
気にしなくてもいいだろう。
路地裏に積みあげたヤクザの山から、多量の記憶スクロールを生成して、ゴミ箱へぶちこみ燃やす。
ん、そういえば思い出したぞ。
闇金だけじゃなく、消費者金融にも借金してるんだったな、俺。
こちらの借金も、職員たちの記憶をけしてちゃーんと踏み倒しておかなければ。
カエサズの重課金といったところかな。
ふふ、大英雄にかかれば、借金のひとつやふたつ踏み倒すことなど朝飯前なのだよ。
⌛︎⌛︎⌛︎
夕方。
徒歩でマイホームへ帰宅。
ああ、そういえば異世界転生した時は、この時をずっと待ち望んでいたのだったな。
玄関のまえで感慨にふける。
妻のためにと買った一戸建て、けれどもう逃げられてしまって今はさみしくなった我が家。
そこにも一筋のひかりはあるもので、
「ただいま〜……ぅ、ただいまぁぁあッ! うぅ、言葉にしたらなんだか感慨が凄いよ、これ。俺、俺帰ってきたんだ……ッ!」
ーーダッダッダッ
「っ!」
耳に飛びこんでくる階上の足音。
この軽い体重がかなでる特有のリズム。
間違いない。
「
「きもい! うっさい死ね! 何こんな早く帰ってきてんの! 会社は? どうせまたズル休みしてきたんでしょ? 借金かえす気あるの? そんなんだからママが出ていったんだよ! ほんっと最低! マジ死ねばいいのに! クソ親父!」
「……」
ーービシャンッ
階段をくだってくるなり、流れるように悪態をついてリビングへと消えていく娘。
……やはり、そうか。
うん、そうだよな、娘のなかで俺という人間は世の中のクズを集めて煮詰めて、床下で熟成発酵させて人型になおしたような物なのだった。
あの対応は当然だ。
リビングの扉を開ける。お米をといで炊飯器のスイッチをいれる小さな背中を見つめながら、静かに机につく。
「……ぁ、綾乃、その、パパは謝らなくちゃいけないことがたくさんーー」
「ぇ? 嘘でしょ? まさか娘が死ぬほどお腹すかせてるのに、料理せずそこで待ってるつもり? スクランブルエッグと目玉焼きしか作れないのは知ってるけど、すこしは誠意みせてよ。ほんっとクソ親父極まってるよね」
せっせと夕食を用意する綾乃は、目を見開き、脱力して首をふった。呆れられたのかも。
俺と娘の関係の悪さには双方にそれぞれの理由がある。
まず、この春、彼女は高校2年生になったばかりの超反抗期なこと。
まぁ、これは誰でも迎える通過儀礼てきな時期なので仕方ないとしよう。
一番頭の悩ましいことは、俺の娘、
それもこれも、中学英語や数学の宿題の知的質問に「Yes, I am」としか答えられない、課金廃人の俺にも問題がある。
母親に愛想尽かされ、家族を捨ておいて二次元嫁に課金する父親なぞ、侮蔑されてあたりまえさ。
しかしながら、俺にだってようやく父親らしい
トンビの親を持つ
これ以上、失望されるわけにはいかない。
かの世界で手にいれたのは、大英雄のステータスと、神級能力セットだけではないはずなのだ、それを証明するんだ。
「綾乃、お腹が空いたんだな? ちょっと待ってなさい。今、パパが異次元料理を作ってやる」
「なにわけ分からないこと言ってんの、死ねよ、クソ親父」
「娘の口悪すぎて、パパ泣きそうです」
「いや、私の方こそ両親ガチャ爆死して泣きそうなんですけど。というか泣いてるんですけど」
「ガチャとか言うなよ、本当に泣いちゃうぞ……」
まったくどこでそんな言葉覚えてきたんだ。
綾乃がならべた食材を
「ほら、包丁向けないで。それもパパに任せなさい」
「ちょ、やめ……っ、普段何もしないくせに、いきなり威張ってくんな、死ね、クソ親父!」
総合格闘技経験を疑うローキックにふくらはぎを叩かれながら、
「……ッ」
残像が見えるほどの手際に、綾乃はローキックをやめて、じっと手元を見つめてくる。
「ほら、出来たぞ。小松菜、ネギ、特売ギョーザの鶏ガラ雑炊だ」
「は、はやい……」
机にふたり。
綾乃はチラチラとこちらを伺いながら、対面に座して、恐る恐るれんげで雑炊を口には運ぶ。
「嫌いじゃ、ない。……料理なんか、出来なかった、よね?」
「パパも、綾乃の知らないところで頑張ったんだよ」
主に異世界で50年くらいね。
「いまでは、どんな食材からでも、とりあえず食べれる程度には味を整えることができるんだぞ」
「ふん、すこしはマシになった、だけだね」
瞬く間に雑炊をたいらげ、綾乃は、ホッと一息、手を合わせた。
食事がおわり、なんだか気まづい空気。
おもむろに立ちあがり、綾乃はリビングの扉を開けてさっていく。
「……ごちそうさまでした」
扉は閉められ、ダッダッダッ、と階段を駆けのぼる音だけが聞こえてきた。
⌛︎⌛︎⌛︎
自室、机のうえに現金の束を重ねあげる。
昼間、消費者金融と闇金事務所で貸付と、記憶の奪取を繰りかえした結果、手にいれた4000万円。
とりあえずはこれで当面は生活できる。
これでかつて思いついたビジネス、
ちょっと、闇の
他人から『
どんな人間であろうと、喉から手がでるほど欲しがる品なはずだ。
これは金になる、低学歴の俺でもわかる。
なに、麻薬の売買をしようと言うのではない。
これは人の為になるビジネスなんだ。
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