第2話 『能力化』と『施し』
3階建ての雑居ビル。
華やかな吉祥寺の町の、その影に息を潜めるようにたつこの建物の2階と3階が我が社だ。
ノスタルジーに浸りながら、50年前に飛び出したオフィス、いや、こちらの世界では数分と経ってないかもしれない、そのオフィスへ舞いもどる。
「おぉ、
部長か、こいつも懐かしい。
爪を手入れしながら、こちらを
社内ニートの意地を見せるかのような、何も置かれてない綺麗なデスクにヤスリをおき、両手を顔のまえでくんで嫌らしい笑みをうかべる。
このハゲ上がった定年間近の老害もまた、俺をいじめてくるひとり。
もっとも、時間をおいて客観的に見てみると、俺に責められる要因が
まぁ、このまま彼のもとで不毛な職務につき続ける気は毛頭ないがーー。
俺は凪のような、穏やかな止水の境地で、静かな微笑みうかべ、煽ってくる部長をいなす。
自身のデスクへと腰をおろす。
「アキラ先輩、アキラ先輩、あの、やっぱり、怒ってますか? 先輩の盛大な爆死に、飯ウマ言いながら、お昼食べてた私のこと怒ってますか? だとしたら、すみません。あんなに発狂するほど追い込まれてたなんて、これっぽっちも思ってなかったんですよ」
美しい女性、まだ若く期待の新人、緑水髪のスズが透き通る瞳をまっすぐに、呆気からんとした顔で50年遅れの謝罪をしてくる。
こっちは、お前のせいで死んでるっての。
本当ならもっと反省してほしい……が、まぁ、許す。俺の興味は、もうそんなところにはないしな。
今はただ、賢者が持たせてくれた能力が、この世界でも正常に発動するのか、試してみたくて仕方がない。
異世界において息をするように使っていた
この俺の十八番、『
「ぐそぉぉ……どうして、どうしてアキラなぞに楊貴妃ちゃんは微笑んだんだ……どれだけ、君のために捧げたと思って……」
いいところへ、ちょうど戻ってきた、外道上司。
悔しいことにコイツが、なかなかの濃い顔イケメンだ。
10段階評価するなら、ランク6くらいはあげられる。
そんな彼へ我が右手を向ければ、どうなるかーー能力発動。
「あれ、外道先輩なんだか、顔が……」
「あんだよ、こっちは最悪の気分だって言うのに……ッ、んだぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああー!?」
それも、そのはず、彼は個性を失ったのだ。
彼の個性たる、その顔は俺の手のなかの『スクロール』に納められている。
これが俺の能力の力。
あらゆる概念、どんな物理現象でも俺が『能力』と認識できれば、そのいっさいを『
外道上司は二枚目の男だったが、それを証明していた能力『濃い顔・イケメン・えくぼ・ランク6』がなくなれば、そこに顔面ステータスは残らない。
本来存在しない
あとに残るのは、神すら保証できない誤算の辻褄合わせだけだ。『
人が物理的に、2つの顔を持つなど、ありえないのだから。
「外道先輩! 落ち着いてください!」
「ぁぁああああー! な゛ん゛でぇげえ!? おでの、オデノ顔がぁああぁあー!?」
床を転げまわる上司に、社員がかつもくする。
一方で、俺は手に持つ丸めたスクロールを、今度はバケ頭の社内ニートへとむけた。
能力発動。
これが『
「む、なんだか、イケメンになった気が……」
「うぇ!? 先輩の顔が部長に!? え、え?」
「部長、イケメンになってますよ!」
「お、れ、の顔、オレの顔、カエセェェェエエ!」
「やめ、そのカオを私にちかづけるんじゃないぃい!」
性悪の二枚目顔を手にいれた社内ニートに、のっぺり顔のホラーテイスト男がおそいかかり、もはやオフィスはカオスも呆れる混沌へおちいった。
もう俺には関係のないことなので、好き勝手やらせてもらおう。
もっとも能力は正常に発動した。
それだけわかれば、十分なんだけどね。
「う、うわぁ、なんか面倒くさそうな事になってますね」
「スズも関わらないほうがいいよ。ああ、それよりも、未だにキーボードの打鍵が遅くて困ってるって言ってたっけ。いまから催眠術かけたら、打鍵速度あがるって言ったら信じるか?」
「え? 何バカなこと言ってるんですか。あんまアホな事言ってると、また爆死しますよ」
肩をすくめ相手にしてくれないスズへ、俺のなかから直接タイピングスキルを
俺からすれば、この優秀すぎる後輩スズは恐ろしく速く、性格で、スマートにキーボードを弾くのだが、本人はまだまだ不満らしい。向上心の塊なんだろな。
この力なら、きっと彼女の同人活動、アプリ開発のために役立ててくれるはずだ。
最後に
「嘘っ、あれ、ちょっと速くなった? 速くなったような気がする! いや、やっぱ速くなってない?」
うむ、俺のもともとのスキルが低すぎたせいで、実感を感じてもらいづらいか。
まぁいい、嬉しそうに白い歯をのぞかせる後輩の笑顔が見れたなら、それで満足だ。
自分からの
「はは、先輩ってただの重課金じゃなかったんですね。ありがとうございます。なんだか今日ははやく帰れそうです」
「いいって事だ。……それじゃあな、スズ」
「ん? じゃあな、って何言ってーー」
彼女とはここでお別れ。
スズからはじめ、順々にオフィス内の人間へ手をかかげて『
本来の射程は30センチそこいらなのだが、長い研鑽でその射程は比べ物にならない領域に達している。
俺の能力はもはや
この能力でもって、彼らから奪う能力、それは『重課金アキラの存在を記憶する』という能力。
手のなかに生成される数十本のスクロールを、カバンにつめて俺はオフィスをでる。
しがらみは絶った。
あとは俺の好きなようにやるターンだ。
「ふぅー、スッキリスッキリ」
ぐっと伸びをして吉祥寺の街へ繰りだそう。ああ、そうだ家で待っているあの子に会いにいかなくては……と、その時、一歩、二歩、歩かぬうちに建物の影からゾロゾロと出てくる手勢がご登場。
皆、穏やかでない、威圧的な表情をしている。
「はーい、重課金アキラちゃあ〜ん! 気持ちよく早退のところ悪いけど、お金の徴収に来ましたぁあ〜!
こいつらヤクザやん。
ああ、なるほどまだ借金取り立てに来てたのか。
50年も顔見ないから、すっかり忘れてたな。
「あー、カエサル奥様だったか? 俺のことは、忘れた方が、お互いとためだと思いますよ」
「馬鹿なこと言わないでよねぇん〜♡ それじゃ食べちゃうわよぉ!」
背筋の凍る口調と、好戦的な、獲物をとらえる獣の目が返答。
やれやれ、荒事はもうこりたと言うのに。
50年前、闇金に手を出したことを後悔しながら、俺はそっとジャケットを脱ぎさった。
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