第15話 大英雄の力

 

 真白いロビーの向こう側。

 よく通る一声をかわきりに、空気が爆発に侵される。


 弾丸の直線軌道、よく見て首振り、身をかわす。


 残髪に穴を開け後方へ抜けていく弾丸。


 見送るまもなく、続けて数発の速射、靴底をずらす最小限の動きで難なくかわして見せる。


「スズ、念のため頭をさげて、ソファの影に隠れてろ」

「ヒェェ……だ、誰ですか? アギトさんの知り合いですか?」

「知り合いがいきなり撃ち殺さんとしてくるか。さっきも行った通り、本当に俺たちを殺しにきたんだろ」


 スズが頭を押さえ小動物のように丸まったのを確認し、凶弾の射撃者、氷室アガトへ視線をむける。


「目が良いのだな。携行できる銃のなかでは、最高の高速弾を使っているのだがね」

「グンホーの警備主任、とか言ったか? ちょうどよかったよ、この会社のお偉いさんに話があったんだ」


 淡々たんたんと喋る男へ、こちらもまた特に感情の起伏なく、冷静に対応、肩をすくめて呑気に近づく。


 すると、氷室は瞳をやや大きく開き、眉をひそめた。


「街でも撃たれたんだ。そう、ちょうどそんな銃だったんだが、どうして俺は初めてくる街で、こんなバカスカ撃たれまかられなきゃいけないんだ?」

「重課金アギト、それをお前が知る必要はない。お前が超能力者なのは、今しがた確認がとれた事実。情報は嘘ではなかったわけだな」

「何のことを話してる? 俺は別に超能力者なんかじゃないんだが。ただブラック企業でボロ雑巾みたいに使われて、ガチャを回すしか能がない廃課金者だ。娘も妻もほったらかして、愛想を尽かされ。あーあ、この人生、本当に後悔ばかりだよ。ああ、そうだ、あんた俺の妻を知らないか? 半世紀くらい前に家を飛びだしたっきり帰ってこないんだけどーー」


 呑気に歩いてお喋りに付き合うふりをする。そんななかで、さりげなく『能力化コンプレッション』を発動。


 奪うのは『』という事象。


 能力発動。


 ーーガチャリっ……


「……ぁ?」

「ヒュ〜。先手必勝」


 音を立てて清掃の行き届いたロビーを、カスタムされたモダン・エゴスがくるくる滑っていく。


 小気味良い金属音がこだまする空間で、氷室は自分の両腕がもうすでになくなっている事に気づかない。


 口笛を吹き、余裕をこきながら俺はスクロールを2本腰裏のベルトに挟みこんでおく。


「まだ、気づかない? 本当に? よくそれで警備主任が務まるねぇ」

「ッ! 貴様ァアッ!」


 異常すぎる事態、氷室は顔に冷や汗と絶望を浮かべて床を蹴り、一気に後方へ逃げ去る。


 だが、そうはさせない。


 視線鋭く、脚部に力をこめる。


 俺は、氷室との間にあった8歩の間合いを一足飛びで追いすがり、後退する彼の足首を力強く握りこみ、そのまま筋力Aにものを合わせ、思いきりロビーの床に叩きつけた。


「オラァアアア!」

「ぐァはッ、ぁアッ!?」


 爆散する白い床。

 震源地地上の地割れが、ロビーの中央に広がっていき、高い天井の光量を明暗させた。


「まだだ」


 背面を強く打ちつけ、瞠目どうもくする氷室の顔へ、大上段からの拳を何度も何度も叩きつける。


「ァ、ぁ……!」


 腕もなく、守る術すら持たない男は、無抵抗に俺の拳を4発受け入れて、完全に沈黙した。


 わずかに痙攣し、白目をむく警備主任の姿に一安心して、肩の力を力をぬく。


 これが俺の戦い方。

 相手の力量をたしかめる事などしない。

 相手に能力を使わせない、自由にやらせない。

 あるのは、ただ勝つための速攻と全力だけだ。


「はぁ、はぁ……大英雄が聞いて呆れるよな。だが悪く思うな、こうでもしなきゃ地獄のような世界を生き抜けなかったんだ」


 地にふす男を見下ろす。


 やれ、久しぶりに力を使ったら疲れたな。

 それにしても、この男、両腕がなくなったのに、ずいぶんと冷静だった。

 訓練された兵士なのだろうか。


「あ、あ、ああアギトさん!? だ、大丈夫ですかぁあ!? なんですか、今の揺れはいったい、何が!」


 隠れていたスズが、ソファからひょっこり顔を出してくる。


 あたりの惨状に頬を引きつらせ、駆け寄ってきては、口をあんぐりと開け、放心状態になったスズ。

 眉根を寄せると「あれ、アギトさんって、人間ですよね?」と不安と安心を混在させたなんとも言えない表情で聞いてくる。


 肩をすくめ「どうだかな」と一言を返事とする。

 一応、人間のくくりではあるはずだが、改めて考えてみると、自由に他人の腕をとったりつけたり出来る存在が、人間なのかは怪しいものだ。


 俺は新たなる命題『俺は人間なのか』を胸に、足元で気をうしなう男をかつぎあげた。

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