第9話 それは序章にすぎない

 意識を取り戻したオレは、2週間個室で安静にした後、大部屋に移された。

 テレビをイヤホンで聞きながら、病院食を食べる。少し薄味ではあるが、醤油をかけると案外うまい。外科手術を受けただけで、内科的には何の問題もないオレの食事について、看護師は何も言わなかった。


 テレビのワイドショーでは、人気ロックバンドのギタリスト惺羚sereが自殺未遂した話題で持ち切りだ。

 オレが意識を取り戻した日、オレが今入院している病院に救急車で運ばれてきたのが惺羚だという。特別室に入院しているらしいが、あまりテレビを見ないオレには、芸能人が近くにいようがいまいがピンとこなかった。

 今日退院するとのことで、その姿を一目見ようと大部屋のオレ以外の患者は、みんな病院の正面玄関に降りていた。

 大部屋にひとり残されたオレは、病院の正面玄関が映し出されているテレビをぼんやりと眺めていた。


「玄関行くよりテレビのほうがよく見えんじゃないの?普通に」


 誰も聞いていない独り言を呟くうちに、アッシュグレーに染めた長髪を後ろでひとつにまとめ、サングラスをかけた長身の男が出てくる。


「なぜ自殺を思い立ったんですか!?」

「今の心境は!?」

「ファンに一言お聞かせください!」


 カメラのシャッターの白い光がパシャパシャと点滅する中、悠然と歩いてくる惺羚にリポーターたちが銘々に質問を投げかけ、マイクを向けた。


 マネージャーと思わしき黒いスーツ男たちがマイクと惺羚の間に割って入ったが、その前に、一瞬、惺羚が発した一言に、オレの背筋が凍り付く。


「我は不死身ぞ……」


一瞬の出来事に耳を疑う。空耳だろうか?


「まさか……ね」


黒のハイヤーに乗って走り去る惺羚の映像を横目で見ながら、オレは、はは……と笑った。

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東京転生・2020 江野ふう @10nights-dreams

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