第4話 透明なオレと遅れてきた厨二病

 オレの目の前に、意識を取り戻したもう一人の「オレ」が、ベッドの上に横たわったままニヤニヤ笑っている。

 目の前に横たわっている「オレ」が「蓮井紡希」であるならば、オレは一体誰なんだ?オレが「蓮井紡希」であるならば、目の前の「オレ」のように見える男は誰なんだ?


「……お前は一体、誰なんだ?」


 恐る恐る問いかけるオレに、目の前の「オレ」がふんっと笑って答えた。


「我はお前ぞ。お前の肉体は我が貰い受けたのだ」


 オレの肉体を貰い受けた?……今のオレは魂だけの幽霊みたいなものなんだろうかと思ったその時だった。


「……う、ん。……紡希?」


 オレたちのぼそぼそとした話し声が聞こえたのか、オレの後ろで、母ちゃんがもぞもぞ動いて、オレに呼びかける声が聞こえた。


「起きてるの、紡希?」


 母ちゃんがベッドのそばに立っているオレの横を何も見えないかのように通り過ぎ、ベッドに近寄り上からオレのように見えるがオレではない男・・・・・・・・・・・・・・・・・を覗き込んだ。


「紡希……意識取り戻したんだ!!……医師せんせい医師せんせい呼ばなきゃ!!!看護師さーん!!!看護師さーん!!!」


 母ちゃんが、ベッドの脇にあるナースコールをブーブー押しているのを、オレは後ろから何も言えずに眺めていた。




 医師と看護師が駆け付け、ベッドの上に横たわるオレらしき男の容態を確認する。

しかし、オレらしき男は、そんな医師の手を払いのけ、身体につながっている管を抜こうと藻掻いていた。


「はっ!蓮井さん!!!落ち着いてください!!!落ち着いて!!!まだ動くのは無理です!!!」


「このぐらいの傷など我が治癒魔法にかかれば……」


 医師に止められながらも、男が上半身を起こし、全身に力を込める。


「――――っ!!!」


 身体に管が入っているし、傷も痛んだのかもしれない。余程の苦痛だったのか、目の前のオレが顔を歪ませる。


「……ほら。蓮井さん、言わんこっちゃない。今はまだ安静に……」


「何……だと?……我が魔法が効かぬとは――!!!」


 医師に横になるように促されながら、男は「魔法」という言葉を口にした。


――恥ずかしいから!!!


 頼むから、オレの身体でそんな厨二病丸出しなことを言い出さないでほしい。


「紡希!バカ言ってんじゃないわよ!!!心配ばっかりさせて!!!」


 母ちゃんも呆れてたしなめる。


「何!?我を愚弄する気か!?」


 一人でわめく男を止めながら、意識が戻ったことに喜んで泣いている母ちゃんを、オレは横で眺めていた。

 

――母ちゃんには本当のオレが見えていないんだ……


 母ちゃんの横にいる本当のオレ・・・・・は複雑な気分だった。


 オレの肉体の中にいるアイツ・・・はオレではない。

 しかし、アイツは「蓮井紡希」というオレの名前で呼ばれている。アイツが「蓮井紡希」であるならば、オレは一体誰なんだろう。オレは「蓮井紡希」ではないのだろうか?

 「蓮井紡希」というのはオレの肉体の名前であって、その肉体の中身であるオレは、「蓮井紡希」ではないのだろうか。


 オレをオレ、「蓮井紡希」と証明するものは、結局のところオレの肉体なのだろうか――。


 肉体を失ったオレを、「オレ」と証明する者はオレしかいない。


――オレは誰だ?




 柄にもなくそんなことを考えながら、病院の待合室でテレビをぼんやりと眺めているオレの方を、振り返るヤツはもちろん誰一人いない。


「自分を見失ったら、お前は終わりだぞ」


 突然後ろから声がして、オレはハッと振り返った。

 黒いロングコートをまとった男が、その腫れぼったい一重の奥からオレの顔をじっと見つめている。癖のある肩まで伸びた黒髪の中に見える顔には無精髭が生えており、死神かと思えるほど青白い。

 オレの後ろの椅子に掛けていた男はどこから取り出したのか、白い名刺を右手の人差し指と中指で挟んで、オレの方に差し出した。

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