第5話 四十九日
「……異世界探偵?」
オレは男が手渡してきた名刺の一風変わった肩書を、思わず口に出して読んでいた。
異世界探偵という肩書の下には
「あなたにはオレが見えるんですか?」
恐る恐る尋ねると、目の前の黒づくめの男がゆっくりと頷いて、
「オレは、異世界を行き来しているからな」
と言った。
――また、変なのが現れた……
オレは内心、自分の置かれた状況と、出会うヤツ出会うヤツ変なヤツばかりであることにウンザリしながら、話に乗っているかのように鸚鵡返しに聞き返した。
「……異世界?」
「そうだ。オレはこの世界……CKYJ163の秩序を監視しているのだが……今回のように、たまに異なる「世界」から転生してきて肉体を奪う
――いやいやいやいや……これは本格的に関わったらあかんヤツでは?
「いや、オレ、無宗教なんで……転生とか、世界が滅ぶとか、興味ないんです」
目の前の男は細い目でオレを黙って見つめている。
「なるほど。世界が滅ぶ前に、魂が消滅するお前には関係ないかもしれないな」
しばらくの沈黙の後、男が待合室の椅子に座り直しながら、ぼそりと言った。
再びの沈黙。
魂が消えるって、オレのこと?
「魂が消滅するって……どういうことですか?」
理解が追い付かないオレは思わず問い返した。
「肉体が滅び、魂だけでこの世にいられるのは四十九日だ。お前は四十九日以内に肉体を取り戻さねば、消滅する」
――四十九日の後、オレの魂は消滅する
「……消滅って、どういうことですか?」
臥雲の言葉が飲み込めないオレは、同じ質問を繰り返した。
「消滅は消滅だ。お前の魂は成仏することも転生することもない。ただこの世に無かったものとして消える」
「この世に無かったものとして?」
「そうだ。肉体を奪われたお前の魂は誰の記憶にも残っていない。
母ちゃんとも父ちゃんとも……全部ひっくるめてこの世からさよならってことか?
父ちゃんも母ちゃんも、もはやオレではない魂の入った男を蓮井紡希として記憶し続け、オレの魂は文字通り記憶にも残らないということだろうか?
存在が消える。
無かったことになる。
オレは初めて、怖いと思った。
「……どっ!どうすれば……!!!どうすればオレの
「……興味なかったんじゃないのか?」
急に必死になり始めたオレを、臥雲が冷たく突き放した。
「さっきは……ごめんなさい!オレ、何故だか怖くて……」
自分でもカッコ悪いのは分かっている。目頭が熱くなる。涙が
死ぬのは仕方のないことかもしれない。
誰しも死ぬ。一人で死ぬ。
死んだらそれで終わりだし、知ったこっちゃないと思っていた。
だけど――
オレは、オレは「蓮井紡希」として生きていたんだと、その証ぐらいは残したい。
短かったけど、オレの今までの人生がなかったことになる。
肉体を他人に奪われたまま、人知れず魂だけ消滅するのは、虚しい。
「お前の肉体が取り戻せる保証はないが……調査に付いてくるか?オレは今から、ウーログ・ハルハーゲンが転生してきた世界に行く」
「……ウーログ・ハルハーゲン?」
「そうだ。そいつが今のお前の身体に転生してきた男だ」
臥雲は淡々と話を続けた。
「そして……お前の魂の寿命、四十九日を貰い受ける。……ウーログ・ハルハーゲンの転生前に何があったか、時間を巻き戻す必要があるからだ」
魂の寿命、四十九日分、時間を巻き戻すということか。
ただ、肉体を失い誰からも相手にされない透明なオレにとって、魂の寿命にどれほどの価値があるのだろう。
ワンチャン。
肉体を取り戻すチャンスがあるのなら、四十九日を無為に過ごすよりはいいだろう?
オレは黙って頷いた。
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