第7話 世界を超えて

「――……ぎ!――……つむぎ!!!――……紡希!!!」


 オレを呼ぶ声がする。


――なんだよ……うるせーなぁ。オレはまだ眠りたいんだ。眠らせてくれよ……


「蓮井紡希!!!」


 眩しい光の向こうから、臥雲龍斗の声が聞こえる。


「ウーログを……ウーログ・ハルハーゲンを追うぞ!!!ヤツは滅びる前に転生の呪文を唱え「世界」を超えた。ヤツがお前の肉体に入る前に、お前がお前に戻るんだ!!!」


――肉体に戻る


 そうだ。

 オレは自分の肉体をウーログ・ハルハーゲンから取り戻さなくてはならない。


「そうはさせぬ……勇者よ、我が肉体を滅ぼした報いをその魂に受け闇に滅せよ!!!」


 走り出そうとするオレの前に、ウーログ・ハルハーゲンが漆黒のマントを翻して立ちはだかる。

 その異様に細長い人差し指で天を突くと、青白い球体が人差し指の上に集まった。球体の周りをピリピリと細い電流が走るのが見える。


電雷砲ブリクスト・ピストル


 ウーログの指から稲光が発射されるのを、オレはすんでのところでかわした、が――。


「……うっ!!!」


 直撃していないのに感電するらしい。ビリビリと身体からだに衝撃が走る。ねたオレは膝から崩れ落ちた。


「ふんっ……魔法も使えぬ、か弱き者め。ひと思いに止めを刺されたいか?肉体に戻れぬ責め苦を味わいたいか?……電雷槍スピュート


 ウーログの手の中で、青白い球体が形を変え、雷でできた槍となる。

 ウーログは膝をつき動けないオレの頭上に槍を振りかざした。


 経を読むような低い声が聞こえたてきた。

 ウーログも辺りを見回し、


「……これは?」


と言った瞬間、紫の光が五芒星をかたどる。3メートル四方ぐらいの魔法陣が宙に現れた。


「――吸魂!」


 臥雲の声が響く。

 声と共にウーログの動きが一瞬にして止まった。


「ふっ……弱い」


 しかし、臥雲の術で動きを封じられたウーログが鼻で笑う。


「――弱い!弱い!弱い!弱い!これしきの呪術で我に立ち向かおうなどとは笑止!!!我の前では無力!!!」


 ウーログは全身の力を入れると、じりじりと腕が動くのが見えた。臥雲の術では完全にウーログを封じ切れていないのが分かる。


「……だが、魂であるアンタの足止めぐらいにはなるだろう?」


 臥雲が口の端で笑う。


「……紡希!!!急げ!!!早くお前の肉体からだを奪うんだ!!!」


小賢こざかしい!……非力な虫けら共が!!!」


 体力だか気力だかは、魔法使いではないオレには分からない。

 ただ全身全霊をウーログにぶつけてオレを助けようとしてくれている臥雲の前で、何もできずにいるオレは二の足を踏んだ。


「あ、ああ……でも……臥雲さんは!?」


「オレは異世界探偵だ。お前のような魂だけの存在ではない。気にせず行け!!!」


「……はっ……はい!!!」


 両手をウーログに向かってかざして足を踏ん張る臥雲の後ろから、オレは走り出した。


「……報酬はたっぷりもらいに行くからな」


 オレとすれ違いざまに、臥雲が呟くのが聞こえた。

 オレは臥雲がまた口の端だけ動かしてニヤリと笑ったのを想像した。

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