第4話 『D:プロローグ 4』
俯瞰するように夢を見る。自分の記憶の、夢を見る。
そもそも『夢』というのは記憶の整理らしく、昔の自分を見るのは当然という話か。
部屋で首を吊る母親と、ソレを唖然と見つめる自分の姿。
ここから、俺の全てが
母がいなくなったこと。そのせいで、俺たちがほとんど笑わなくなってしまったこと。
その全てを自分のせいだと親父は自身を責め続け、やつれてしまった親父は、俺の知らぬ間に目の前から消えてしまった。
────だから、だから。俺が親代わりにならないと。
そんな思いで必死に生きてきた。当たり前の毎日を守るために、結愛の笑顔を守るために。必死で。
『お兄ちゃんはわたしのヒーローなんだから!』
……そうだ。俺は結愛にとってのヒーローでありたかった。
結愛にとって、カッコいい兄ちゃんでありたかったから。
……でももう、俺は無理だ。おしまいだ。
「……本当に諦めちゃうの?」
見知った声が問いを投げる。死に際に現れる幻覚が自分の妹だなんて、可笑しな話だ。
……ああ。お兄ちゃんはもう、ダメみたいだ。
あんな奴に立ち向かう力はない。俺にはもう、守るものも無ければ気力もない。
「────なら」
聞こえる声に変化が生まれた。
結愛の声とは違う。けれど、聞いたことない声というわけでもなくて。
重たい瞼を押し上げる。目の前に居るのはひとりの少女。白い髪に赤い瞳、歳は中学一年生とか……それくらい。
身に纏っているのは、白い無地のワンピース。その裾をふわふわと浮かせながら、横たわる俺に歩み寄ってくる。
「その対抗しうるだけの力が与えられるとすれば、どうじゃ?」
どう、って。
「言ったであろう、直ぐにわかる刻が来ると。契約して、お主に力を与えると言うておるのじゃ」
力を与える。アイツらを、倒せるだけの?
きっとその言葉に偽りはない。こんな状況で俺に干渉して来るんだ。謎めいた力を持っていない限り、こんな芸当はできないはずだ。
でも、だとしたら。
……俺じゃなくてもいいんじゃないのか? もっと適役が居るはずだろ。
「ふ、はは。そう自分を下卑するものではない。余はお主が良い、と言ったのだから」
少女は俺の側まで歩み寄るなり、その場にしゃがみこんで俺の顔を見下ろした。
「これも言ったはずじゃな。お主は空っぽ────しかし、その根には曲げられぬモノがある。それが、余は気に入った」
少女の手のひらが俺の胸に触れる。まるで、その奥を見透かすように。
「誰かを守りたいという願い。誰かのためになりたいという想い。お主はソレを『妹を守る』等と思っておるようじゃが……その想いの矛先は、とっくに身内の域を超えておる」
そんなこと……。
「あるであろう? して、ならあの娘を助けるために走り出したのはなんのためじゃ?」
視界に世界が舞い戻る。とはいえ、モノクロのあまり変わり映えのしないモノだけれど。
少女が向けた視線の先。俺に走り寄る銀髪の、剣を携えた少女と────その背後で、今にも身体を喰らおうと口を開いた怪物がいる。
「放って置けなかったからであろう。見ていられなかったからであろう。凡人なら見捨てるであろうその光景を……それが、確固たる証拠。ソレに」
俺の胸にあった指先はするりと滑り、俺の目尻へ。視線もまっすぐに、俺の瞳に突き刺さる。
「お主の『救う』という対象には、死者も含まれておろう? だから毎度────あの暗闇、目眩の中。死んでしまいたいと思う。死んで行った人々に、心の底から同情するが故に。そこを代わってやりたいなどと、思うが故に」
少女はゆるりと立ち上がる。そのまま俺に手を差し伸べて、柔らかな笑みを浮かべた。
「さあ、選択肢は二つ。ひとつはこのまま何も救えず死ぬこと。そしてもうひとつは、余の手を取り、誰かを助ける力を手に入れること」
問いは少女により投げられた。あとは俺が選ぶだけだ、と。
結愛の学校に向かう途中。すれ違う人たちを助けたくて仕方がなかった。安心させてやりたくて仕方がなかった。
学校に転がる無数の死体を見て、何も思わないわけがない。
妹が殺される光景を見て、怒りの炎が湧き上がらないわけがない。
それでも俺が拳を握り、奥歯を噛み締め。死ぬことを選んでしまったのは、きっと。結愛が死んでしまったからだけではなく────この理不尽に抗うだけの力がないからだ。
だから無意識のうちに死を選んだ。無意識のうちに、楽な方へ楽な方へ逃げて行った。
────だとすれば。
俺に万人を救うだけの力が備わるとしたら。
『なんで、なんでだよ母さん────』
これ以上、目の前で誰かを失うことがないとしたら。
『なんで、俺を頼ってくれなかったんだよ! なんで俺に相談してくれなかったんだよ……俺は、そんなに頼りないかよ!!』
もう、間違えることがないのなら。
「あ゛、ぁ」
喉元を塞きとめる吐瀉物を、隻腕で立ち上がりながら地面に吐き捨てる。喉が焼ける感覚が痛くて仕方ないが、今はそんなのを気にしている暇なんてなくて。
「その、話が……本当だっていうんなら」
俺が、誰もを救えるヒーローになれるなら。
「俺は、キミの手を取ろう」
あの世で、結愛と母さんに、胸を張って会えるだろうか。
残った腕を────左腕を少女に差し出す。それだけで、少女は満足げに、満面の笑みをその顔に咲かせた。
「良い答えじゃ。ならば、余は全力でお主に力を貸そう」
差し出された手が握られる。俺の手のひらに比べれば、随分と小さい少女の手に。
同時に流れ込むのは暖かな炎と、謎の記憶。これは……唄、だろうか。
「契約の魔法を行う。流れ込んだ知識の通りに〝唄〟を紡げ。それだけで、全ては完成する」
「……唄?」
「そう、唄じゃ。余たちの世界で、魔法とは『世界に訴えかける唄』じゃからのう。ちと恥ずかしいかもしれんが、なに。今はなりふり構っていられまい」
握ったままの掌から、力が抜け落ちることはない。これはきっと、このまま唄を紡げ、ということだろうか。
大量の出血で眩む意識。足元がほんの少しフラつくが、それでも。ゆっくりと目を瞑り、口を開く────。
「────我が身は此処に。我が呼び声、この唄が聞こえるならば応えよ」
始まりの一節。それだけで俺の足元から炎が燃え上がり、辺りに熱を撒き散らす。
湧き上がる膨大な熱量に、思わず薄く目を開いた。
「獄炎纏う翼竜。全てを焼き尽くす炎を、全てを喰らい尽くす顎門を────万里を駆け抜ける翼を、我が身は欲す」
視界に映るのは眩い炎と、その炎から生まれる火の粉。そして、
「我は人の子。名を、荒川 克己……この唄に応えるのならば。此の身に聖刻と力を刻み給え────!」
少女などではなく、巨大な両翼を広げた翼竜の姿。
その口元には先ほどの少女と同じような笑みを浮かべていて、この翼竜と少女が同一人物であるとなんとなく察することができる。
今俺が触れているのは少女の片手ではなく、翼竜の鼻先。驚愕の声を上げている暇などなく、俺の言葉を聞き終えたのと同時、翼竜はその身体を空を見上げるように起こすと、
「その願い、聞き届けた。我が名はイグニール────獄炎を自在に操る破壊と滅却の翼竜!! これより我が力は汝の剣、汝の盾となろう!」
高らかに、契約完了の叫びをあげた。
そして、時は動き出す。
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