第7話 『M:プロローグ 2』
オレは何をするべきだ? どうすればいい。
思考を回す。今オレがするべき行動はなんだ。
克己の背中は見失ってしまった。アイツの行く場所は検討がつくけど、その中で確かな迷いがある。
食堂を出て、学校を出て。目の前に広がった光景が、迷いの原因だった。
傾いてしまった電柱と、地獄と化してしまった日常の風景。おそらく克己が言っていたであろう謎の生物が当たり前のように歩き回り、モノによっては逃げ惑う人間に襲いかかっている。
その人間。人間も、ひと目見ただけでわかる程の〝異常な連中〟が混ざっていた。
茅咲に住み始めてから十九年。なまじ生まれた頃から住んでいるモノだから、茅咲の人間なのかそうじゃないのかはひと目でわかる。
だからこそ、違和感を覚えてしまった。
「────見たことない連中が多い」
身に纏う服装は西洋のソレ。その連中が驚愕の表情を浮かべているだとか、脇目も振らずに茅咲に住んでいる人間を襲い始めるだとか。
その事実が、辺りの地獄を加速させていた。
「何してくれてんだよ……!」
思わず叫ぶ。居ても立っても居られず駆け出し、今しがたクワを振り上げた西洋の男────その懐に潜り込み、
「ッ────!」
肘に掌底。右腕が跳ね上がり、動揺を見せた途端にクワをそのまま遠くに投げ捨て、胸ぐらを掴むなり脚を払う。
そして勢いを乗せて地面に叩きつけ、そのまま声を大にして叫んだ。
「逃げろ!」
途端、戸惑いながらではあるものの周りの人間が頷きを返し、駆け出す。
世界がどうにかなってしまった今、安全な場所があるのかはわからない。けれど、どうにか逃がさなきゃいけない……そんな気持ちを汲み取ってくれたようだった。
「余計なことを……!」
唸り声と共にオレに怒りを向けたのは西洋人。いや、西洋人と例えるのも間違いなのかもしれない。
髪色が金色、瞳が青といった現実で良く見るような連中もいるのだが、その中に混じって淡い緑色やベージュの髪がちらほらと見える。
……東京辺りに行けばたくさん見える色かもしれないが。西洋の服を身に纏い、あまり見ない髪色をしているのを見ると、まるでアニメなんかで良く見る『異世界人』のような。
「余計なことなモンかよ。なんでこんなことするんだ、おまえらは」
過ぎった思考を押し流し、オレを囲う連中に問いを投げる。
あちこちから向けられる戦意に鳥肌が立ち、戦う姿勢を解くことを躊躇わせた。そして、
「……俺たちも世界がかかってるんだ。悪く思うな」
放たれた応え。その返答に、目を見開く。
────世界がかかってる? どういうことだ、それは。
新たに問いを投げる余裕はない。人だかりの中から複数の唄が溢れ出し、熱源、はたまた膨大な風が吹き荒ぶ。その全てが殺意を纏い、
「射抜く、
「穿つ、
ソレは放たれた。
無数の炎が形成した紅蓮の矢と、轟音を纏う半透明の矢。
それらは歴史の教科書で見た〝曲射〟を思わせる高い角度で放たれ、しっかりとオレに狙いを定めて、徐々に速度を増して落下してくる。
まさしく魔法。そうとしか、表現ができなかった。
「マジで異世界人かよ……!」
どちらにしろオレの命が危ない。心底ヤバい。
三百六十度オレを囲った状態で、その各所から放たれる無数の矢。そしてその人間全てが、今にもオレに襲いかかろうと身構えている。
明らかに部が悪い。多数に囲まれた時、たったひとりができることは────ひとつ。
正面突破。
とりあえず矢はどうにかしなくちゃいけない。これに当たってしまえば、オレの命はすぐさま潰えることを理解した。
駆け出し、正面にいる人間の鼻っ面に拳を放つ。一切の考慮、加減を知らない拳はその鼻を砕き、苦悶するソイツと位置を入れ替わるように引き寄せ、前進。同時に背後に矢が突き刺さる音が響き、冷や汗が背中を伝う。
……コンクリートが割れる音がしたぞ、今。
攻撃と前進を繰り返し、上がる息を整えぬ間も無く前へ、前へ。どういう理由かはわからないが、さっきの魔法もどきは連発できないらしい。あの唄がトリガーになっているとか、そんな感じだろうか。
なら唱える暇を与えなければ良い。
「ら、ぁ!!」
雄叫びをあげ、人だかりから脱出。それでも立ち止まっている余裕なんてなくて。必死に、必死に足を回す。
……何処に逃げようか。安全な場所なんてあるんだろうか。
でも、今この状態であの人数に追いつかれれば間違いなく終わる。死ぬ。
それがわかっているから。ガムシャラに、当てもなく足を回して。気がつけば、茅咲中央公園にたどり着いていた。
追いかける足音は聞こえてこない。けど、
「────う、わ」
オレが目にしたのは、それ以上の地獄だった。
大きな原っぱと、何かの記念碑。いつもは市民の憩いの場所となっている────はずの、場所が。
まず目に入るのは無数の死体。鼻腔を擽るのは濃密な血の匂い。
口元を覆ってもその生臭さが割り込み、猛烈に吐き気を覚えた。頭が、クラクラする。
そして、その地獄を形成しているのはヒトガタの怪物と、大きな蜥蜴。
ヒトガタの怪物は、ひと目でこの世のモノではないとわかる。まず身体が常識ハズレに大きい。
全長四メートル以上はあるだろうか。遠目に見てもその威圧感は桁違いで、足が震え出すのがわかる。
頭部からは日本の牛のような角を生やし、返り血を浴びて所々赤く染まった長い髪に隠れて表情は読み取れない。
身に纏っているのは腰巻ひとつで、ソレが余計に漂う非現実を際立てていた。
そして、その手に握るのは自分の身体の半分はあるであろう大きな斧。それをずり、ずり、と地面に引きずりながら何処かに歩み寄っていく。
さらに大きな蜥蜴。薄い緑色をした、こっちも桁違いに大きな蜥蜴だった。
四足で歩行するソイツの腹は大きく膨れ上がり、今もその口の端から人間の腕と思われるモノがこちらを覗いている。
そこまで視認して、改めて巨人に目を向けて。一瞬で足の震えが止まった。
ゆっくりと巨人が足を進めるその先に。
見覚えのある、人影を見たからだ。
「────親父!」
オレをここまで独り身で育ててくれた親父。
強く在れと、常に自分に言い聞かせるように呟いていた親父が。信じられないほどにボロボロな姿で、そこに居た。
全身、傷ついて居ない場所を探す方が難しい。左腕は逆方向にへしゃげ、皮膚から突き抜けた骨が露出。呼吸は浅く、その度に苦しそうに胸を押さえている。
それでも引き下がらないのは、ソイツからもう逃げる気力が残って居ないと理解しているからだろうか。
その姿が痛々しくて仕方なくて。胸を何かに掻き毟られているようで、苦しくて、堪らなかった。
だから震えている暇なんてない。全力で駆け出し、巨人になるべく目を向けないようにしながら、親父の残った右腕を担ぎ上げるように肩を貸した。
「おまえ、柳二……こんなところで何を」
「それはこっちのセリフだっつの! 何してんだよ、クソ親父!」
声が掠れている。喋ることすら最早苦しそうだった。
それでも、死なせたくない。その一心で────親父の身体を引きずるように歩いていく。
「待ってろ、今安全な場所に連れてくから……」
「……ふ、何を言うか柳二。もう、ここに安全な場所なんてないさ」
全てを諦めたように笑う親父。それでも、握った拳は解かれない。まだ戦う意思はある、と。まるで世界に主張しているようだった。
「そら、離せ柳二。俺を連れて居ては逃げられまい」
「うるせえよ、オレは親父を連れて逃げるんだよ。二人で助からなきゃ意味がねェ!!」
叫びと同時。身体が振り払われ、そのままの勢いで地面に座り込む。
この死に体の何処にそんな力が残って居たのだろうか。今親父は確かに自分の足で立ち、こちらに迫り来る巨人に拳の先を向けた。
「いいか、柳二。男というものは強く在らねばならない。大切な人を守る強さを、持たねばならない」
ずっと、嫌気がさすほど聞いてきたその言葉。親父は一切こちらに視線をくれない。だから、オレはその背中を眺めていることしかできなくて。
「……今がその時なんだ。最後くらい父親らしいことをさせてくれ」
「良いんだよ、そんなの……ずっと、親父はオレに」
「……そうだ、柳二。いつだったか俺に、自分は薄情なのかと聞いてきたな」
一歩、一歩。巨人がゆっくり歩み寄ってくる。
その光景が、まるで。処刑台の階段を登る、処刑人のようだった。
「それもおまえの強さだ、柳二。悲しいことも、楽しいことも全て受け入れることができる強さ。それを決して失わぬようにな」
ずっと聞きたかった言葉。
オレの問いに対する応え。
それを最後に、またしても。
オレは大切な人を守ることができず、呆気なく。
親父の身体は、巨人の拳によって吹き飛ばされた。
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