探偵総士の事件簿~VOL.1 謎の物体が中州に~

うみ

第1話 中州事件

「事件の匂いがするぞ。良辰よしたつくん」

「い、いや。何がどう事件なのか、意味が分かりません」

「何を言うか、あれを見てみたまえよ」

「だから、意味が分かりませんと」


 俺こと叶良辰かのうよしたつは、今、上司であり探偵の草壁総士くさかべそうしさんと共に川べりへ来ている。

 彼は川の中州に不自然に藁やら枝が集まった箇所を指さし、悦に浸っているのだ。

 

「ほら、事件が来た」

「……いや、ただのかわうそですよね。あれ」

「何を言うか」


 そうこうしているうちに川辺から岸へ小さな生物があがってきた。

 そいつはところどころに茶色が混じったグレーの毛を持つ水辺の生物カワウソだったのだ。


「ぶっ!」


 カワウソの姿を見て、吹き出してしまった。

 だって、あいつ、尻尾にしゃもじをつけてんだもの。

 

「して、君は何者かね」


 総士さんはマントを翻ししゃがみ込むと、カワウソへ尋ねる。

 

「いや、カワウソに尋ねても……」

「うそはビーバーうそ!」

「カワウソが喋ったあああああ!」

「ふむ。ビーバーかね」


 いや、待ってくださいよ。総士さん。

 カワウソが喋ってんですよ。突っ込みどころはそこじゃあないですよね。

 「ふむ」じゃあねえっすよ。

 

「そううそ。うそはビーバーうそ」

「ほう。それで茶色の毛並みをしていたのかね」

「分かるかうそ! 人間さん、あなたは話が分かる人うそ」

「はははは。私は探偵なのだよ。それくらい朝飯前さ」


 突っ込まない。俺は突っ込まないぞ。

 毛並みじゃあなくて、しゃもじの方が気になるなんてことも。

 

「して、ビーバーくん。君があれを作ったのかね?」

 

 総士さんは中州にある藁やら枝の集合体を指さす。


「そううそ。ビーバーたるもの家を作るものうそ」

「ほう。ビーバー君。君のあの家、決定的な弱点がある」

「な、なんだってええええうそ」

「あの家には入口がない」

「いや、総士さん、ビーバーの家は水中に入り口があるんですよ」


 し、しまった。

 つい突っ込んでしまったじゃないか。

 うわあ。総士さんだけじゃあなく、カワウソも目を見開いてこっちを見ているし……。

 どっちもビーバーの家のことを知らなかったのか?

 

「なるほど……そういうことか」


 総士さんは帽子のつばに指先を当て、カッと目を見開く。

 

「ビーバーくん。君はビーバーじゃないんじゃないのかね?」

「な、な、な、そんなことないうそ!」


 いや、今更だよね。

 そして、動揺し過ぎだろ、カワウソ。


「よく見て見たら、その毛並み。ペンキで茶色に塗って剥げてきたものじゃあないかね」

「そ、それは……」


 そこ、まず突っ込むのそこ?


「総士さん、あれ」


 我慢できずにしゃもじを指摘してしまったが、総士さんは素知らぬ顔で俺に囁く。

 

「この事件、この私が二千文字もたせてみせる」

「いや、そもそも事件じゃあないですよね」

「事件だとも!」


 くわっと鼻息荒く総士さんが宣言する。

 

「あの家、川の水をせき止めているじゃあないか。大雨が降ればどうなると思う?」

「そ、それは気が付かなかったうそ……」


 愕然と膝を落とすカワウソに、総士さんも得意気だ。

 ここで「そもそもあんなしょっぱい作りの家なら、少し流水速度が上がっただけで流される」とか突っ込んじゃあいけない。

 

「ビーバーが作ったものならこうはならないだろう。それに、君の毛並み。元は灰色じゃあないのかね」

「そ、そううそ。だけど、灰色だからといってビーバーじゃないとは言い切れないうそ」

「強情な人だ。いいかね。君がビーバーであったのなら、洪水のことも考慮し家作りをしているはずじゃあないのかね」

「そ、それは……」


 そこ、マジでその線で攻めるの?

 も、もう好きにしてくれよ!

 

「もう一つある」

「も、もう一つ……うそ?」


 お、いよいよ。しゃもじに突っ込むか!

 

「その口調。君は『うそ』と言った。ビーバーなら『びば』じゃないのかね?」

「そ、それは盲点だったうそ」


 ……。

 そもそもカワウソは喋らないってば。

 カワウソはカワウソで落ち込んでいるんじゃねえし!

 

「認めたらどうだね。君はビーバーではないって」

「そ、そんなことないうそ。ちゃんと平らな尻尾だってあるうそ」


 カワウソが、自分からしゃもじを突っ込めと言ってきたあああ。

 ほら、総士さん、はやく突っ込んじゃいましょうよ。

 

「ほう。確かに平たい尻尾だ」


 尻尾じゃないですって! そこ認めちゃうんですか。

 

「そううそ。これがビーバーの証明うそ」

「ノンノン」


 総士さんは指先を左右に振る。

 対するカワウソは固唾を飲んで彼の言葉を待っていた。

 

「いいかね。その尻尾を使って泳ぐことはできるのかね?」

「で、できないうそ……」

「もう認めたらどうなんだね。君はビーバーじゃないってことに」

「ち、違ううそ。うそはビーバーうそ」


 愕然と小さな両前脚を地面につき、頭を落とすカワウソ。

 器用に動くな……こいつ。

 

「強情なお人だ。君は一体何者なんだね? ビーバーではないだろう?」

「ビーバーうそ。うそはビーバーなんだうそ」


 だあああ。話が進まねえ。


「もうええわ! おい、カワウソ」

 

 我慢ができなくなった俺は、総士さんとカワウソの間に割って入る。


「何うそ?」


 カワウソと呼ばれて返事をしているじゃねえかよ!

 

「とっとと、あのゴミを片付けろ。いいな。あのままだと、邪魔だ」

「仕方ないうそ」


 カワウソは再び水の中に潜って行く。


「これにて事件解決だな。中州にある謎の物体、見事解決だ」


 総士さんはいそいそとゴミを片付けはじめたカワウソを見やり、うむうむと頷く。


「そ、そうですね……」


 突っ込む気力もなくなった俺は、乾いた笑い声をあげるのだった。

 本当に二千字もたせやがったよ。総士さん。

 

 おしまい


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