第5話 天敵

ロシア、モスクワ。

場末のバーにはある女が昼間からウォッカを飲んでいた。


女の名前はソニア。

金髪の髪をオールバックにして、鋭く青い目つきと堀の深い顔つきをした彼女は誰から見ても「美人」といえる女だった。

身長は高く、筋肉質で、年齢は35歳で、独身だった。


彼女は吸血鬼であった。

伯爵が率いる「コミュニティー」と呼ばれる秘密組織の東欧支部支部長であった。


赤く高級な羽毛の襟巻がついたドレスを身にまとっていた彼女はとある任務のためにバーにいた。


「よう、姉ちゃん遊ぼうぜ。」


酔っぱらった男がソニアの肩に手をまわした。


「うざい。」


ソニアは男の手の指を軽くつかむと、力任せに引き千切った。


「う、うぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」


彼女は男の悲鳴を顧みることはなかったが、手についた血をベロリと舐めた。

そして、残酷そうな笑顔を浮かべた。


そんな彼女のもとに背の低いせむし男がやってきた。


「ソニア様ですね、イゴールと申します。伯爵様がお待ちです。」


ソニアはイゴールにつれられると、リムジンへと向かっていった。








午後11時。


コスモスクエア近くの公園。


海が見える、そこではホームレスもまばらで昼間でも人がなかなか来ないような場所であった。


暴走族グループ「阪南爆走同盟」は地元のグループを捕まえ、リンチしていたそんな矢先だった。


空から突如男が降ってきて、彼らに飛び掛かると血を吸い一人ずつ嬲り殺しにしていた。

吹田イチだった。


生き残った男の首をつかむと高く持ち上げた。

男の首にはイチの指がしっかりと巻き付いており、じわじわと締め上げていた。

辺りにはグループのバラバラになった死体が乱雑しており、自慢の単車も血まみれになっていた。


「明日、地獄送りになってもいいかな?」


「い、いやだ・・・。」


イチはギッとにらむと男の首を近づけ怒声をあげた。


「いいともだろぉ!!!!」


「ひっ・・・・。」


「いいともって言えよ、助けてやるから。」


「い、い・・・・いいとも!」


イチは少し笑うと男を地面に下した。

そして、親指をたててグッドマークをつくると笑顔で対応した。


生き残った男は小便をもらしながらも、笑顔で返した。


その瞬間だった。


「でもさ、いいともはもう終わったんだよ!!!!」



イチは男の顎に手をつっこむと、勢いよく引き千切った。



「いいいいぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」



顎がちぎれた男の口からだらしなく舌がけいれんを起こし、口から大量の血が噴き出ていた。


「あごっ!!!!!あごごおおごっ!!!」


イチは男から無理矢理引き千切った顎から、血を数摘ほど飲むと大阪湾の海のなかへと捨ててしまった。


男は地面にのたうち周り、今すぐにも死にそうであった。


「醜い、死ね!!!」


足を使い、男の頭を踏みつけるとイチは力をこめてそのままつぶしていったのであった。


ふと、そんなときだった。


イチは鋭い目でにらみつけると、自分の前に誰かが来るのを目視でみた。



「昨日の狼男か?もうわかっていたぞ。」



すると、あたりの草むらから顔立ちのいい白人青年がやってきた。

年齢はイチよりも3歳か5歳ほど年下だろう。



イチは本能的にそいつが人狼であると察した。

ふと、彼は月をみた。

今日は満月じゃない、満月じゃなければこいつらは狼男にはなれない。


「なんでわかったか教えてやろうか?臭いだよ、お前からお前に殺されちまった同族の血の臭いがプンプンするのさ。」


「そうか、じゃあ仕方ないな。」


だが、昨日と様子が違っていた。

落ち着いている。

まるで、海が魚を包み込むように冷たいやさしさがあった。

イチは少し焦った。


ここで挑発すれば今度こそ殺される。

冷静に目的を聞こう。


「お前の目的はなんだ?ヴァンパイアハンターさん・・・。」


「お前を捕まえることさ。」


すると、白人青年の目が変わった。

青く優しい瞳が、赤く毒々しい色に輝き体中から筋肉がモリモリと大きくなっていた。

服は破れていくのがみえた。

顔立ちのいい顔は鼻が長くなり、犬歯が鋭いオオカミのそれになっていった。


「くそ、こいつ!!!満月じゃなくても人狼になれるのか!!!」


イチはすぐさま、大きく飛び上がりジャンプして逃げようとしたその矢先だった。

人狼はそれよりも高く飛び上がり、イチの顔をつかむと高速道路にたたきつけた。

なんて馬鹿力なんだ、イチは一瞬気を失いそうになった。


人狼には、吸血鬼の生命力を弱くさせる正体不明の細胞がある。

牙や爪で切り裂かれれば命はない、それどころか汗を触るだけで生命力・怪力・超能力がなくなってしまう。

人形態は平気だが、人狼になってしまえば吸血鬼が勝つことはない。


吸血鬼であるイチにとってはまさしく天敵だ。


イチは人狼の手につかまると、首をつかまれ地面に押し倒された。


「死にたくないなら俺の質問に答えろ。答えれば逮捕で許してやる。」


イチの目から世界がなくなっていくのを感じた。


「何が聞きたいんだ…。」


イチは強く締め付けられる指をつかみながら、精いっぱいの声を出した。

人狼は冷たくにらみながら、締め上げる指の力を弱めていった。

そして、彼に問い始めた。


「お前の名前は吹田健一か!?」


イチは眼の色がかわった。

そして、思わず言ってしまった。


「なぜ親父の名前を!」


吹田健一、イチの父親。

そして、10年前に母と自分を捨てた様々な意味での落伍者。

その名前をなぜ知っているのだ。

イチは困惑した。



人狼は驚愕のあまり、手を放してしまった。


「父親!?」


「なぜ、親父の名前を知っている!?親父はどこにいる!」


「健一は君の父親の名前だったのか!」


人狼は焦りためらっていた。

イチは立ち上がり、人狼に詰め寄った。


「なぜ親父を知っている!!」


「それが・・・。」


次の瞬間だった。

パァーンという銃声が響くと、人狼の体を貫いていった。

人狼は地面に倒れ伏した。


よく見ると、銃弾は銀製のものだった。


先ほどまで元気だった人狼は肩から血を流し、徐々に徐々に人の姿へと戻っていった。


「人狼は銀に弱い。お前にそう教えていたはずだ、イチ…。」


男の声が聞こえた。


黒いベンツの中から姿を見せた男のことイチは知っていた。

白いスーツ、日に焼けた肌、大柄な体、そして無精ヒゲ…。

間違いなく父だった。


「父さん!!なぜっ!!!」


「イチ、俺ら吸血鬼にはな『表の世界』はない。お前もついでに食らっとくか銀の銃弾。吸血鬼にも痛いんやでぇ・・・。」


父は笑顔だった。


そうだ、こいつは昔からサディストだった。


警察にバレない程度に人を殺していた。


そして普段は標準語だったが、本性をみせると大阪弁をしゃべるところがあった。


こういう時は興奮して喜んでいるときだ。


そういうと健一は銃を放とうとした。

しかし、イチは地面にあるマンホールの蓋を引きはがすと健一に向かってハンマー投げの方式で放り投げてぶつけた。

健一の胴体にマンホールは突き刺さると、後ろにあったベンツに彼ごとくし刺しになった。

彼は身動きがとれなくなっていた。


「イチ、でっかくなったなァ!ひゃはっはは!ヒャハハハハハハハ!!!」


健一はそう憎まれ口をたたいた。

イチは先ほど人狼だった外国人のことを抱き上げると、そのまま遠くの場所へと向かっていったのだった。

肩を負傷した、外人の男を近くの病院まで運ぶと・・・イチは夜の闇の中に姿を隠していった。







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吸血鬼、悪を倒す @gokurakugo

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